第23話 不器用な感謝と、受付嬢の素顔
Cランク冒険者としての日々が始まり、僕は以前よりもずっと多くの依頼をこなせるようになっていた。オークやロックリザードとの戦いを乗り越え、スキルも着実に成長し、自信もついてきた。それは、僕一人の力だけではなく、多くの人に支えられてきた結果だ。ボルガンさん、ゴードンさん、リズさん、リリアさん…そして、忘れてはいけないのが、ギルド受付のエマさんだ。
思えば、僕がまだEランクで、ポーター業務しかできなかった頃から、エマさんは僕のことを気にかけてくれていたように思う。他の冒険者が僕を嘲笑う中でも、彼女は常に公平に、そして事務的な態度の中にも、どこか僕を案じるような視線を向けてくれていた。Cランクを目指すようになってからは、的確なアドバイスで僕を導いてくれた。彼女の存在がなければ、今の僕はいなかったかもしれない。
(エマさんには、ちゃんとお礼を言わないとな…)
そう思ったはいいものの、問題は何を贈るかだ。女性へのプレゼントなんて、今まで考えたこともなかった。アクセサリー? 服? 香水? まるで見当がつかない。
「そうだ、リズさんに聞いてみよう」
彼女なら、女性の好みにも詳しいだろう。僕は「木漏れ日亭」でリズさんを見つけ、相談してみることにした。
「えー! エマさんにプレゼント!? なんでなんで? もしかしてカイト兄、エマさんのこと…?」
リズさんは、探るようにしながら聞いてきた。
「ち、違うよ! いつもお世話になってるから、そのお礼だって!」
「ふーん? まあ、いいや! よーし、ここはあたしに任せて! エマさんにはねー、やっぱり可愛い髪飾りとか、綺麗な色のスカーフとかがいいんじゃないかな? あ、それか、ちょっと大人っぽい香りのする石鹸とか!」
リズさんは次から次へとアイデアを出してくれるが、どれも僕にはピンとこなかった。エマさんはあまり華美なものを好むタイプには見えないし、僕がそんなものを贈るのも、なんだか違う気がする。
「うーん、ありがとう、リズさん。でも、もう少し考えてみるよ」
「えー、なんでー? 絶対喜ぶって!」
不満そうなリズさんをなだめ、僕は次にシルヴィアさんの雑貨屋へ向かった。彼女なら、もっと的確なアドバイスをくれるかもしれない。
「まあ、エマさんへのお礼ですの? それは感心ですわね、カイトさん」
シルヴィアさんは、僕の話を聞くと、ふふ、と優雅に微笑んだ。
「エマさんはとても実直で真面目な方。ですから、あまり華美なものや、高価すぎるものはかえって気を遣わせてしまうかもしれませんわね」
「やっぱり、そうですよね…」
「ええ。彼女のような方には、むしろ実用的なものや、心がこもっているものが喜ばれるのではないでしょうか。例えば、彼女はいつも書類を扱っていますから、上質なインクや羽ペン、あるいは…そうですね、カイトさんご自身で作られたもの、とか」
シルヴィアさんは意味深な視線を僕に向けた。
(僕が…作ったもの?)
その言葉に、僕はハッとした。そうだ、僕にはスキルがあるじゃないか。特に、【鍛冶】スキルはかなりレベルが上がっている。
(金属で、何か作れるかもしれない…! エマさんが使えそうなもの…)
書類や本を読む時に使う、ブックマーカー(栞)なんてどうだろうか? それなら実用的だし、金属で作れば丈夫で長持ちする。僕の感謝の気持ちも込めやすいかもしれない。
「ありがとうございます、シルヴィアさん! すごく良いヒントをもらえました!」
「あらあら、お役に立てて光栄ですわ。素敵な贈り物ができますように」
シルヴィアさんの言葉に背中を押され、僕はボルガンさんの工房へと向かった。
*
「ふん、ブックマーカーだと? お前さん、鍛冶の技術をそんな遊びに使うつもりか?」
事情を話すと、ボルガンさんは呆れたような顔をしたが、それでも工房の隅と、余っている金属片(銅と真鍮が混ざったもの)を使うことを許可してくれた。
「まあ、道具作りの練習にはなるじゃろう。ただし、儂の仕事の邪魔だけはするなよ」
「はい! ありがとうございます!」
僕は早速、作業に取り掛かった。まずは、金属片を炉で熱し、金槌で叩いて薄く、平たく延ばしていく。【鍛冶(基礎)Lv.5】のスキルのおかげで、金属を均一な厚さに加工するのは、以前よりずっとスムーズに行えた。【温度管理】スキルで最適な温度を保ち、【筋力制御】スキルで叩く力を調整する。
カン、カン、カン…
心地よいリズムで槌を振るう。集中して作業に没頭していると、余計な考えは消え、ただ目の前の金属と向き合う時間だけが流れていく。
薄く延ばした金属板を、次はブックマーカーの形に切り出していく。デザインは、シンプルで細長い長方形にすることにした。あまり凝った形にする技術は、まだ僕にはない。ヤスリを使って丁寧に角を落とし、表面を滑らかに磨き上げていく。
(これだけだと、少し味気ないかな…)
何か、ワンポイントになるような模様を入れたい。そう思い、僕は小さなタガネ(金属を彫る道具)を借りて、ブックマーカーの上部に簡単な模様を刻んでみることにした。ギルドの紋章…は難しすぎるか。そうだ、星のような形ならどうだろう。夜空を見上げるのが好きだと言っていたエマさんなら、喜んでくれるかもしれない。
【彫金(入門) Lv.1】 (New!)
慎重に、慎重にタガネを打ち込み、五芒星の形を刻んでいく。初めての彫金作業は難しかったけれど、スキルのおかげか、なんとか形になった。
最後に、全体をもう一度丁寧に磨き上げ、布で拭き上げる。
出来上がったのは、決して既製品のように完璧ではないけれど、手作りの温かみと、金属の鈍い輝きを持つ、世界に一つだけのブックマーカーだった。
「…できた」
僕は完成したブックマーカーを手に取り、満足感と、そして少しの不安を感じていた。
(これ、エマさん、喜んでくれるかな…? 迷惑にならないだろうか…)
けれど、僕なりに感謝の気持ちは込めたつもりだ。あとは、勇気を出して渡すだけだ。
*
翌日、僕は完成したブックマーカーを小さな布袋に入れ、緊張しながらギルドへと向かった。
受付カウンターには、幸いエマさんが一人でいた。他の冒険者の姿もまばらだ。今しかない。
「あ、あの、エマさん!」
僕は意を決して声をかけた。
「はい、カイト様。どのようなご用件でしょう…か?」
突然の呼びかけに、エマさんは少し驚いたようにこちらを見た。
「い、いえ、その…! いつも、ありがとうございます!」
「…? ありがとうございます、とは…?」
エマさんはきょとんとしている。無理もない。あまりに唐突すぎた。
「えっと、その…僕がこうしてCランクになれたのも、エマさんが色々とアドバイスをくれたり、気にかけてくれたおかげだと思って…! あの時、依頼を紹介してくれたり、注意してくれたりしたこと、すごく感謝してるんです!」
僕はしどろもどろになりながらも、必死に言葉を続けた。
「それで、その…お礼と言っては、本当にささやかで、迷惑かもしれないんですが…これ、もしよかったら、使ってください!」
僕はそう言って、布袋から取り出したブックマーカーを、震える手で彼女に差し出した。
「……」
エマさんは、僕の手の中にある金属製のブックマーカーを見て、完全に固まっていた。大きな目が、さらに大きく見開かれている。
「…これは…?」
「あ、ブックマーカーです。栞、みたいな…。エマさん、いつも書類とか本とか読んでるから、使えるかなって…」
「これを…カイト様が?」
「は、はい! あの、ボルガンさんのところで、少しだけ鍛冶を教えてもらってて…それで、自分で作ってみました。不器用なので、全然、上手じゃないんですけど…僕なりに、感謝の気持ちを込めたつもり、です…」
どんどん声が小さくなっていく。ああ、やっぱり迷惑だったかもしれない。手作りのものなんて、重いだけだったかも…。
「もし、迷惑だったら、全然、気にしないで捨ててくださって…」
僕がそう言いかけた時だった。
「…いいえ」
エマさんは、僕の言葉を遮るように、静かに言った。
そして、ゆっくりと僕の手からブックマーカーを受け取った。
彼女は指先で、僕が刻んだ不格好な星の模様をそっと撫でた。そして、顔を上げた彼女の表情を見て、僕は息を呑んだ。
いつもの冷静で事務的な受付嬢の顔じゃない。
頬がほんのりと赤く染まり、目にはうっすらと潤みが浮かんでいる。そして、その口元には、ふわりとした、柔らかい微笑みが浮かんでいた。それは、僕が今まで見たことのない、エマさんの素顔だった。
「ありがとうございます、カイト様」
彼女の声は、少しだけ震えているようだった。
「とても…とても、嬉しいです。心のこもった、素敵な贈り物…大切に、使わせていただきますね」
そう言って、彼女はブックマーカーを、まるで宝物のように、そっと自分の胸ポケットにしまった。
その珍しい笑顔と、素直な感謝の言葉に、今度は僕の方が顔を赤くせずにはいられなかった。胸の奥が、じわりと温かくなる。
(よかった…喜んで、もらえた…)
不器用な僕なりに、感謝の気持ちが伝わったことが、何よりも嬉しかった。
「…さ、」
エマさんは一つ咳払いをして、頬の赤みを隠すように、すぐにいつもの受付嬢の表情に戻った。けれど、その耳はまだ少し赤い気がした。
「次は、どんな依頼を受けられますか、カイト様? Cランクになったばかりとはいえ、油断は禁物ですよ」
「は、はい! おすすめの依頼はありますか?」
僕も慌てて冒険者の顔に戻る。
けれど、僕とエマさんの間に流れる空気は、以前よりも少しだけ、確実に和やかで、親密なものに変わったような気がした。この小さなブックマーカーが、僕たちの距離をほんの少しだけ近づけてくれたのかもしれない。
僕の冒険者としての日常に、また一つ、温かい思い出が加わった瞬間だった。
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