第22話 新たな目標と、影の接近
Cランク冒険者としての初仕事、ゴブリンロード討伐を無事に終えてギルドに戻ると、僕を待っていたのは、以前とは比べ物にならないほどの注目だった。
「カイト様、お疲れ様でした。ゴブリンロード討伐依頼、達成ですね。討伐証明を確認いたします」
受付のエマさんの対応は、もはや僕を単なるDランクの新人として扱ってはいなかった。その声には確かな敬意が込められており、僕の成果を当然のこととして受け止めているようだった。彼女がテキパキと報酬の計算をしてくれる間にも、周囲の冒険者たちの視線が僕に集まっているのを感じる。
「おい、カイトだぜ…」
「ゴブリンロードもソロで片付けたって話だ…」
「すげぇな、本当にCランクの実力はあるってことか…」
「なあカイトさん、今度一緒に依頼に行かないか? 森の奥の調査依頼なんだが…」
驚き、称賛、そして中には僕の力を利用しようとする者まで現れ始めた。以前なら考えられなかったことだ。僕は戸惑いつつも、差し伸べられた手には丁重に断りを入れながら、自分の立場が変わったことを実感していた。もう「スキル無しの荷物持ち」ではない。僕は、一人のCランク冒険者として、このギルドで、この街で生きていくのだ。
高額な報酬を受け取り、僕はエマさんにお礼を言ってギルドを後にした。
*
その足で向かったのは、ボルガンさんの工房だ。Cランクとしての初仕事を無事に終えた報告と、先日手に入れた新しい剣の使い心地、そして何より、月光石の剣についての話を進めたかった。
「おう、若造! 戻ったか。して、ゴブリンロードはどうじゃった? 新しい剣の切れ味は試せたか?」
工房で槌を振るっていたボルガンさんが、僕の姿を見てニヤリと笑った。
「はい! おかげさまで、無事に討伐できました! この剣、本当に素晴らしいです。軽くて扱いやすいのに、切れ味は抜群で…以前の剣とは比べ物になりません!」
「ふん、当然じゃ。儂が手ずから調整したんじゃからな。だが、それはあくまで繋ぎじゃぞ、若造。月光石を使った本命の剣は、あんなものではないわい」
ボルガンさんはそう言うと、少し真剣な表情になった。
「で、その月光石の精錬じゃが…やはり一筋縄ではいかんようだ。古いドワーフの文献をいくつか調べてみたが、どれも記述が曖昧でな。『月の力が満ちる夜に、星屑の粉を触媒とし、聖なる炎か泉で…』といった具合じゃ。肝心の『星屑の粉』が何なのか、さっぱり分からん」
「星屑の粉…ですか」
シルヴィアさんの話にも出てきた、謎の触媒。やはり、それが鍵になるらしい。
「まあ、そっちは儂が引き続き調べておく。お前さんは心配するな。問題は…」
ボルガンさんは、僕の目をじっと見て続けた。
「月光石だけでは、最高の剣はできんということじゃ」
「えっ? どういうことですか?」
「月光石を刀身に使うとしてじゃな、その力を最大限に引き出し、かつ使い手が扱いきれるようにするには、柄や鍔といった他の部分にも、相応の特別な素材が必要になるんじゃ。具体的には…月光石の魔力を効率よく伝え、増幅させるための『魔力伝導性の高い木材』。そして、月光石の剣が生み出すであろう凄まじい衝撃を吸収し、使い手の負担を軽減するための『衝撃吸収性に優れた金属』。この二つが、最低でも必要になるじゃろうな」
魔力伝導性の高い木材…衝撃吸収性に優れた金属…。どちらも、聞いたことがない素材だ。
「そんな素材、どこで手に入るんでしょうか…?」
「さあな。儂にも見当がつかん。じゃが、お前さんなら、何か心当たりがあるかもしれんぞ? 森や迷宮で、何か変わった木や金属を見たことはないか? あるいは、シルヴィアの姐御にでも聞いてみるんじゃな」
ボルガンさんの言葉に、僕は記憶を探る。【自動学習】が、これまでの経験を検索し始めるような感覚があった。
森で見た、妙にしなやかで、それでいて硬そうな古木。
ロンダルキアの鉱山で感じた、遺跡の奥の気配。
シルヴィアさんが話していた、迷宮の金属スライム…。
(もしかしたら…あのあたりに、ヒントがあるのかもしれない…!)
明確な答えではないけれど、いくつかの可能性が頭に浮かんできた。
「分かりました、ボルガンさん! その二つの素材も、僕が必ず見つけてきます!」
「うむ、その意気じゃ! 月光石、魔力伝導材、衝撃吸収材…全てが揃って初めて、最高の剣は生まれる。素材探しも、剣士としての修行の一部じゃと思え!」
ボルガンさんの力強い言葉に、僕は再び決意を新たにした。月光石の剣は、僕自身の冒険と成長の証になる。そのためなら、どんな困難な素材探しにも挑んでみせる。
僕はボルガンさんにお礼を言い、工房での手伝いを再開した。剣を振るうだけでなく、素材を知り、道具を知ることもまた、強さに繋がるのだと、僕は学び始めていた。
*
Cランクへの昇格、ボルガンさんとの約束。僕の冒険は順調に進んでいるように見えた。しかし、心のどこかには、あの森の奥で感じた不穏な気配と、謎の視線のことが引っかかっていた。
(あれは、一体何だったんだろう…? ただの気のせいだとは思えない…)
昇格の手続きが完了するまでには、まだ数日かかるらしい。その間に、もう一度だけ森の状況を確認しておきたいと思った。今度は素材探しではなく、純粋な偵察と情報収集が目的だ。
僕は戦闘用の装備ではなく、動きやすさを重視した軽装で、再び深淵の森へと向かった。ただし、ボルガンさんから貰った新しい剣はしっかりと腰に差している。何が起こるか分からないからだ。
森の中域へ入り、さらに奥へ。前回オーク斥候部隊と遭遇したエリアを超え、未知の領域へと足を踏み入れる。【隠密】と【索敵】スキルを常に最大限に発動させ、細心の注意を払って進む。
やはり、森の様子はおかしい。以前よりも明らかに強力な魔物の気配が濃くなっている。時折聞こえてくる咆哮も、ウルフやオークのものではない、もっと大型で凶暴な何かのようだ。そして、あの断続的に続く、地響きのような微かな振動も感じられる。
(何かが…森の奥深くで、目覚めようとしている…?)
そう感じた瞬間だった。
来た! あの視線だ!
前回よりも、さらに強く、明確に感じる。一つではない。複数。右後方の木の上、左前方の茂みの奥、そして、まるで僕の真上を見下ろすかのように、頭上からも。
(囲まれている…!?)
背筋に、氷水でも浴びせられたかのような悪寒が走った。前回は、ただ遠くから監視されているだけ、という感覚だった。しかし今回は違う。明らかに、僕の動きを封じようとしている。あるいは、僕を試すように、プレッシャーを与えている。
「誰だ!? 何か用があるなら出てこい!」
僕は剣に手をかけ、声を張り上げた。無駄だと分かっていても、そうせずにはいられなかった。
返事はない。ただ、プレッシャーだけが強まっていく。殺気ではない。けれど、底知れない何かの意思を感じる。まるで、巨大な蛇に睨まれた蛙のように、体が動かせなくなりそうだ。
(まずい…! ここは引かないと…!)
僕は咄嗟に身を翻し、来た道を引き返そうとした。しかし、退路を塞ぐように、新たな気配が前方に現れた!
(誘い込まれている…!?)
パニックになりそうな思考を、必死で抑え込む。冷静になれ。相手が何者かは分からないが、少なくとも今のところ、直接攻撃してくる様子はない。彼らの目的は何だ? 僕を試している? それとも、何かを伝えようとしている?
警戒しつつ、僕はゆっくりと周囲を見回した。深い森の中、木々の影や立ち込める霧が、まるで意思を持っているかのように蠢いている気がする。
そして、その時。
僕の視界の端、濃い霧が晴れた一瞬、そこに黒い人影のようなものが、立っているのが見えた気がした。それは本当に一瞬のことで、すぐに霧の中に掻き消えてしまった。人だったのか、魔物だったのか、あるいはただの幻覚だったのかも分からない。
しかし、あの影が見えた瞬間、僕を包んでいたプレッシャーが、ふっと和らいだ。監視の気配も、少しだけ遠のいたような気がする。
(去った…? いや、まだ近くにいる…?)
確信は持てない。けれど、今はここから離れるのが最優先だ。僕は全速力で、フロンティアの街へと駆け戻った。
部屋に戻っても、あの影と、複数の視線の感覚が忘れられない。あれは一体、何だったのだろうか? 森の異変と関係があるのだろうか?
Cランクへの昇格という光が見えてきた一方で、僕の周りには、得体の知れない影が確実に忍び寄ってきている。それは、オークやロックリザードといった、分かりやすい脅威とは全く違う、底知れない何か。
僕の冒険は、新たな局面を迎えようとしていた。それは、単なる強さだけでは乗り越えられない、未知との遭遇になるのかもしれない。
僕は新しい剣を握りしめ、来るべき時に備えなければ、と強く心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。