5章 昇格の推薦と、忍び寄る影

第20話 ギルドマスターの言葉と、不穏な気配

リズさんの誕生日パーティの温かい余韻がまだ心に残る数日後、僕は冒険者ギルドの掲示板の前で、少しそわそわしながら立っていた。

オーク斥候部隊、銀露草採集、そしてロンダルキアでのロックリザード討伐。複数のCランク依頼を達成したことで、僕のギルド内での評価は確実に変わった。周囲の冒険者たちの視線も、以前とは明らかに違う。


(そろそろ、Cランク昇格の話があってもいい頃だと思うんだけど…)


そんなことを考えていると、不意に背後から声をかけられた。


「カイト様、ギルドマスターがお呼びです。執務室までお越しください」


声の主は、受付のエマさんだった。彼女の表情はいつも通り冷静だったが、その瞳にはどこか特別な光が宿っているように見えた。


「ギルドマスターが…僕を?」


緊張が走る。バルガスさんに直接呼び出されるなんて、初めてのことだ。一体、どんな話だろうか。Cランク昇格のことだろうか、それとも…。


僕はエマさんに案内され、ギルドの奥にある、重厚な扉の前までやってきた。扉には「ギルドマスター執務室」というプレートがかかっている。


「どうぞ」


エマさんに促され、僕は深呼吸を一つして、意を決して扉をノックした。


「入れ」


中から、落ち着いた、それでいて威厳のある声が響く。僕はゆっくりと扉を開け、部屋の中へと足を踏み入れた。


広い執務室の中央には、大きな執務机があり、バルガスさんが静かに座っていた。壁には古い地図や、かつて彼が使っていたであろう歴戦の武具が飾られている。部屋全体が、彼の長い経験と威厳を物語っているようだった。


「失礼します。カイトです」

「うむ、よく来たな。まあ、そこにかけなさい」


バルガスさんは穏やかな表情で、机の前の椅子を指し示した。僕は緊張しながらも、勧められるままに椅子に腰を下ろす。


「さて、カイト君」と、バルガスさんは切り出した。「君のここ最近の活躍は、ギルドにも届いている。オーク斥候部隊討伐、銀露草の採集、そしてロンダルキアでのロックリザード討伐…いずれも素晴らしい成果だ。よくやった」


その言葉は、紛れもない称賛だった。ギルドのトップであるバルガスさんから直接労いの言葉をもらえるなんて、以前の僕では考えられなかったことだ。


「あ、ありがとうございます…!」

「特に、単独でオーク斥候部隊を壊滅させた手腕は見事という他ない。君ほどの若者が、これほどの短期間で力を伸ばすとは…驚きだよ」


バルガスさんの目が、僕をじっと見つめる。それは、全てを見透かすような、鋭い眼差しだった。


「何か、特別なきっかけでもあったのかね? それとも、君自身が気づいていないだけで、類稀なる才能が眠っていたとか…」


核心に触れるような質問。僕はドキリとしたが、正直にスキルについて話すわけにはいかない。


「い、いえ…特別なことなんて何も…。ただ、父から教わった基礎訓練を続けてきたのと…あとは、運が良かっただけだと思います」


僕がそう答えると、バルガスさんは「ふむ…」と意味深に頷き、それ以上は追及してこなかった。彼が僕の言葉を信じたのか、それとも何か別の考えがあるのか、僕には分からない。


「まあ、理由はどうあれ、君の実績は疑いようもなくCランクに値する。それはギルドとしても認めるところだ」


バルガスさんはそこで言葉を切り、僕を真っ直ぐに見据えた。


「ギルドマスターとして、正式に君をCランクへ推薦しよう。手続きが済み次第、君はCランク冒険者となる。異論を唱える者は、もはやおるまい」


「…………えっ!?」


予想していたとはいえ、実際にその言葉を聞くと、驚きと喜びで心臓が大きく跳ね上がった。Cランク…僕が、本当に…?


「あ、ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」


僕は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。込み上げてくる感情で、声が少し震えてしまう。


「うむ」と、バルガスさんは満足げに頷いた。「ただし、カイト君。一つだけ、心に留めておいてもらいたいことがある」

「はい…なんでしょうか?」

「力には、責任が伴うということだ。君は大きな力を手に入れた。その力は、人を助けることもできれば、人を傷つけることもできる。あるいは、意図せずとも、周囲に大きな影響を与えてしまうこともあるだろう」


バルガスさんの言葉は、穏やかでありながらも、確かな重みを持っていた。


「君がその力をどう使うか、それは君自身が決めることだ。だが、その選択の結果には、必ず責任を持たねばならん。それを、決して忘れるでないぞ」

「…はい! 肝に銘じます!」


僕は背筋を伸ばし、力強く答えた。ギルドマスターの言葉は、昇格の喜びで浮かれていた僕の心を、良い意味で引き締めてくれた。僕はただ強くなるだけでなく、その力の使い方を考えられる冒険者にならなければならないのだ。


「よろしい。では、正式な辞令は追って出す。今日はもう下がって良いぞ。期待している、カイト君」

「ありがとうございます! 失礼します!」


僕は再び深く頭を下げ、興奮と、そして新たな決意を胸に、執務室を後にした。



「やったじゃないか、若造! Cランクだと!?」


僕がボルガンさんの工房に報告に行くと、彼は開口一番、大きな声で祝福してくれた。


「はい! マスターから推薦をいただけることになりました!」

「わっはっは! さすが儂が見込んだだけのことはあるわい! これで心置きなく、特別な素材探しにも専念できるというものじゃな!」


ボルガンさんは自分のことのように喜び、僕の背中を力強く叩いた。


「よし! こうなったら、儂も本腰を入れて剣の設計に入るぞ! 月光石に見合う最高のデザインを考えてやる! それから、他の部分に使う素材についても、いくつか候補を絞っておいたわい。まあ、それも追々話すとしよう!」


師匠の興奮ぶりに、僕も嬉しくなる。最高の剣が完成する日が、今から待ち遠しい。


次に訪れたのは「木漏れ日亭」だ。


「えー! すごいすごい! カイト兄、Cランク!? おめでとうー!」


報告を聞いたリズさんは、満面の笑顔で飛び跳ねて喜んでくれた。


「これで一人前の冒険者って感じだね! よーし、今夜はお祝いしなくちゃ! 父ちゃーん! 今夜はカイト兄の昇格祝いで、特製シチューね!」

「へいへい、分かってるよ」


厨房から顔を出したゴードンさんも、「ふん、当然の結果だろうがな。だが、油断するなよ」と、ぶっきらぼうながらも祝福の言葉をくれた。


最後に、リリアさんの教会へ。


「まあ、カイトさん! Cランクへのご推薦、本当におめでとうございます!」


リリアさんは、報告を聞くと、目にうっすらと涙を浮かべて喜んでくれた。


「あなたのこれまでの努力が、こうして認められたのですね…! 私も、本当に嬉しいです…!」

「ありがとう、リリアさん」

「でも…Cランクとなると、より危険な任務も増えるのでしょう? どうか、くれぐれもお体にはお気をつけて…。あなたの無事を、いつも祈っていますから」


彼女の心からの心配に、僕は胸が温かくなると同時に、身が引き締まる思いだった。


「カイト兄ちゃん、すごーい!」

「Cランクー!」


子供たちも無邪気に僕の昇格を祝福してくれる。

ボルガンさん、リズさん、ゴードンさん、リリアさん、そして子供たち。僕を応援し、支えてくれる人たちがいる。彼らのためにも、僕はもっと成長し、この力を正しく使わなければならない。バルガスさんの言葉が、改めて胸に響いた。


周囲の人々の反応も、以前とは確実に変わってきている。単なる「人の良い若者」や「スキル無しの冒険者」としてではなく、「一人の頼れる冒険者カイト」として見てくれている。それは少し気恥ずかしくもあったけれど、素直に嬉しい変化だった。



昇格への道筋が見え、周囲からの祝福も受け、僕の心は明るい希望で満たされていた。しかし、どうしても拭えない懸念もあった。それは、深淵の森の奥で感じた、あの不穏な気配と、謎の視線だ。


(あれは、一体何だったんだろう…?)


Cランク昇格の手続きには、まだ少し時間がかかるらしい。その間に、もう一度森の状況を確認し、何か情報を得られないかと考えた。


まずはギルドの掲示板を確認する。最近の依頼の中に、森の奥に関するものは…あった。


『緊急依頼:深淵の森・中域 奥部調査(推奨ランクB以上)』

『内容:最近、森の奥深くで魔物の異常活性化および原因不明の地響きが観測されている。腕利きの冒険者による状況調査を求む。既に調査に向かった複数パーティーが未帰還との情報あり。危険度高』


(パーティーが未帰還…!?)


僕が感じた異変は、やはり深刻な事態に発展しているのかもしれない。Bランク以上の依頼となると、今の僕にはまだ手が出せない。


次に、情報通のシルヴィアさんの店を訪ねてみた。


「あらあら、カイトさん。また森へ行かれるのですか? 今、森の奥はあまり穏やかではないようですけれど…」


シルヴィアさんは、僕が尋ねる前に、既に森の状況を把握しているようだった。


「はい。何か情報がないかと思いまして。特に、森の奥で誰かに見られているような気配を感じたのですが…」

「見られている気配…ですか」


シルヴィアさんは少し考え込むように顎に手を当てた。


「確かに、最近森の奥で奇妙な魔物の目撃情報が増えているようですし、迷宮の方でも下層で異常な魔力の変動が観測された、という話も耳にしますわね。ギルドも調査隊を派遣しているようですが、あまり芳しい結果は得られていないとか…」


彼女はそこまで言うと、僕の目をじっと見て続けた。


「ですが、その『見ている影』については…申し訳ありませんが、私にも皆目見当がつきませんわ。まるで、森そのものに溶け込んでいるかのように、巧妙に気配を隠している…そうとしか言いようがありません」


シルヴィアさんでも分からないとなると、相当厄介な存在であることは間違いないだろう。


「そうですか…ありがとうございます」


僕は礼を言って店を出た。

得られた情報は断片的だったが、森の異変が僕だけの気のせいではなく、実際に起こっている大きな問題であることは確かなようだ。そして、その背後には、まだ正体の掴めない「影」が存在する…。


(Cランク冒険者として、いずれ僕もこの問題に関わることになるのかもしれないな…)


昇格の喜びと共に、新たな責任と、そして忍び寄る脅威の予感。

僕の冒険者としての道は、決して平坦なものではなさそうだ。けれど、今の僕にはスキルがある。支えてくれる仲間がいる。


(どんな困難が待ち受けていても、きっと乗り越えてみせる…!)


僕は空を見上げ、強く拳を握りしめた。

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