第19話 親父の心意気と、最高の笑顔

夕暮れ時、僕は少し誇らしい気持ちで「木漏れ日亭」の扉を開けた。手には、苔と冷水で鮮度を保った虹色魚が入った桶を持っている。ピチピチと中で魚が跳ねる音が、心地よい達成感を伴って響いていた。


「ただいま戻りました!」

「おう、若造! 遅かったじゃねぇか! 無事だったか!」


ちょうど食堂のテーブルを片付けていたゴードンさんが、僕の姿を見るなり駆け寄ってきた。その顔には、隠しきれない心配の色が浮かんでいる。


「はい、ゴードンさん。見てください!」


僕は自信満々に、桶の中身を彼に見せた。夕陽を受けて七色に輝く、美しい虹色魚が五匹。どれも傷一つなく、活きが良い。


「こ、これは…! 本当に虹色魚じゃねぇか! しかもこんなにたくさん…!」


ゴードンさんは目を丸くして、桶の中を食い入るように見つめている。そして、僕の顔と魚を交互に見て、信じられないというように呟いた。


「…お前さん、本当に釣ってきたのか。あの足場の悪い清流で…怪我はねぇんだろうな?」

「はい、大丈夫です。少し疲れましたけど、怪我はありません」

「そうか…そうか! よくやった、若造! 本当によくやった!」


ゴードンさんは、僕の肩をバンバンと力強く叩いた。その手つきは乱暴だけど、込められた感謝と安堵の気持ちが痛いほど伝わってくる。普段のぶっきらぼうな彼からは想像もできないような、素直な喜びようだった。


「これで、リズの奴に、あいつの大好物を作ってやれる…! 本当に、ありがとうな!」


そう言って頭を下げるゴードンさんに、僕は慌てて首を横に振った。


「いえ、僕の方こそ、いつもお世話になっているので。リズさんの喜ぶ顔が見られれば、僕も嬉しいです」

「ふん…お前さんは、本当に人が良いというか、お人好しというか…」


ゴードンさんは少し照れたように鼻を鳴らすと、厨房の方へ向かった。


「よし! こうしちゃおれん! 明後日の誕生日に向けて、最高のムニエルを作る準備を始めねぇと! 腕によりをかけて、リズの奴を驚かせてやるぜ!」


その背中からは、娘の誕生日を祝う父親の、確かな愛情と意気込みが感じられた。


「そうだ、カイト」と、ゴードンさんが振り返って言った。「お前さんも、明後日の夜は店に来い。お前さんが釣ってきてくれた魚だ、一緒に食わねぇでどうする。リズの誕生日、一緒に祝ってやってくれ」

「えっ、僕もですか?」

「当たり前だ! お前さんは、もう家族みてぇなもんだからな!」


ゴードンさんはそう言って、ニカッと笑った。その笑顔は、普段の彼からは想像もできないほど、温かくて、優しいものだった。


「…はい! 喜んで!」


僕も、心からの笑顔でそう答えた。



そして、リズさんの誕生日当日。

夜、「木漏れ日亭」の食堂は、いつもとは違う温かい雰囲気で飾られていた。壁にはささやかな飾り付けがされ、テーブルの上には、ゴードンさんお手製の料理がずらりと並んでいる。もちろん、主役は中央に置かれた大皿いっぱいの『虹色魚のムニエル』だ。こんがりと焼き色のついた魚に、特製のバターソースがかけられ、食欲をそそる香りが漂っている。


今日の主役であるリズさんは、少しおめかしした姿で、キラキラとした笑顔を浮かべていた。僕が釣ってきた虹色魚がテーブルに並んでいるのを見て、目を丸くして驚いている。


「ええっ!? これ、虹色魚!? すごい! 父ちゃん、どうしたのこれ!?」

「へっへーん! どうだ、すごいだろう!」と、ゴードンさんは得意げに胸を張る。「実はな、カイトが、お前のためにわざわざ釣ってきてくれたんだぞ」

「えっ!? カイト兄が!?」


リズさんの驚いた顔が、僕に向けられる。


「うん。誕生日おめでとう、リズさん。ささやかだけど、僕からのプレゼント」


僕が少し照れながら言うと、リズさんは一瞬ぽかんとした後、みるみるうちに顔を赤くして、そして満面の笑顔になった。


「うそー! やったー! ありがとう、カイト兄! めっちゃ嬉しい!!」


彼女は僕の腕に飛びつかんばかりの勢いで喜びを表現してくれた。その太陽のような笑顔に、僕の心も温かくなる。頑張って釣ってきた甲斐があったな、と心から思った。


「さあ、冷めないうちに食おうぜ!」


ゴードンさんの合図で、ささやかな誕生日パーティが始まった。僕とゴードンさん、そしてリズさんの三人だけの、けれどとても温かいパーティだ。


リズさんは、まず真っ先に虹色魚のムニエルにフォークを伸ばした。


「いっただっきまーす! ん~~~っ! おいひ~~~!!」


目をキラキラさせながら、幸せそうにムニエルを頬張るリズさん。その表情を見ているだけで、僕もゴードンさんも幸せな気持ちになった。


「やっぱり、父ちゃんの作るムニエルが世界一だよ!」

「ふん、当たり前だ。誰が作ってると思ってる」


憎まれ口を叩きながらも、ゴードンさんの顔はデレデレに緩んでいる。


僕も虹色魚をいただく。淡白でありながらも上品な旨味があり、バターソースとの相性も抜群だ。自分で釣った魚だと思うと、感慨もひとしおだった。


その後も、ゴードンさんお手製の他の料理――心のこもったシチューや、香ばしい焼き鳥、新鮮なサラダなどを囲みながら、話に花が咲いた。リズさんの子供の頃の話、ゴードンさんの昔の苦労話、そして僕の最近の冒険の話(少しだけ)。笑い声が絶えない、本当に楽しい時間だった。


パーティの終盤、リズさんが僕の隣にやってきて、少し照れたように言った。


「ねえ、カイト兄。今日は、本当にありがとうね。今までで、一番嬉しい誕生日プレゼントだったよ」

「ううん、どういたしまして。リズさんが喜んでくれて、僕も嬉しいよ」

「それから…」と、リズさんは言葉を続ける。「あたしさ、カイト兄が釣ってきてくれたって聞いて、すっごくびっくりしたけど、すっごく嬉しかったんだ。あたしのために、そこまでしてくれるなんて…。ありがとね」


真っ直ぐな瞳でそう言われ、僕の方が照れてしまう。


「いや、だから、いつもお世話になってるから…」

「ふふ、そういうとこ、カイト兄らしいね」


リズさんは楽しそうに笑った。その笑顔は、今日一番輝いて見えた。


ささやかながらも、温かい愛情に満ちた誕生日パーティ。僕はこの「木漏れ日亭」という場所と、ここにいる人たちが、ますます好きになっていた。


(この笑顔を守るためにも、僕はもっと強くならなきゃな)


虹色魚の優しい味が、僕の決意をそっと後押ししてくれるような気がした。番外編はこれで終わり、僕の冒険は、また新たな章へと続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る