第18話 看板娘の笑顔のために
オーク斥候部隊やロックリザードとの戦いを終え、僕は久しぶりに穏やかな日々を過ごしていた。Cランクへの昇格も目前となり、心には確かな自信と、未来への期待が満ちている。とはいえ、まだやるべきことは山積みだ。月光石の精錬方法の調査、更なるスキルアップ、そしてボルガンさんとの約束である「他の素材探し」…。
そんなことを考えながら、いつものように「木漏れ日亭」の食堂で夕食をとっていた時のことだ。
その日は客も少なく、厨房の片付けを終えたらしいゴードンさんが、カウンターの中で珍しく手持ち無沙汰にしていた。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
「ふん、当たり前だ」
僕が食器をカウンターに返すと、ゴードンさんはぶっきらぼうに頷いた。最近、僕の活躍の噂が彼の耳にも入っているのか、以前よりも少しだけ態度が柔らかくなった…気がする。
「カイトさん。近ごろのあなたの活躍は素晴らしいものだと、エマさんが言っていましたよ。」
「いえいえ。僕はまだまだです。」
「そうか…。まあ、調子に乗って怪我だけはするなよ。お前さんを心配する奴もいるんだからな」
ゴードンさんの言葉に、リズさんやリリアさんの顔が思い浮かぶ。確かに、いつも心配されてばかりだ・・。
「そういえば、ゴードンさん。リズさんは今日、何かお手伝いですか? 顔を見ないようですが」
「ああ、リズか? あいつは明日から数日、隣町まで使いに行かせとる。…まあ、ちょうどいいかもしれんな」
「ちょうどいい、ですか?」
「いや、なんでもない」
ゴードンさんは少し言い淀んだ後、ふと遠い目をして呟いた。
「…早いもんだな。あいつが生まれて、もうすぐ19年か…」
「えっ、リズさんの誕生日、もうすぐなんですか?」
「ああ。来週だ」
「そうなんですね! おめでとうございます! 何か、お祝いとかされるんですか?」
僕が尋ねると、ゴードンさんは少し困ったような、それでいて父親らしい優しい顔になった。
「ああ、まあな。ささやかだが、家族でパーティでも開こうと思ってる。それで…あいつの好物を作ってやりたいんだが…」
ゴードンさんはそこで言葉を切り、大きなため息をついた。
「実は、その材料がどうにも手に入らなくてな。困ってるんだ」
「材料、ですか? 僕で何かお手伝いできることがあれば…」
「いや、お前さんの手を煩わせるような話じゃないんだが…」
ゴードンさんは少し躊躇った後、ぽつりぽつりと話し始めた。
リズさんの大好物は、『虹色魚のムニエル』だという。虹色魚というのは、この辺りでは珍しい淡水魚で、フロンティアの街を流れる川の上流、それも森に少し入った場所にある清流にしか生息していないらしい。その名の通り、鱗が七色に輝いて見える美しい魚で、味も絶品なのだとか。
「ただ、元々数が少ねぇ上に、最近はどういうわけか、めっきり獲れなくなっちまってな。市場にも全く出回らねぇんだ。あいつ、小さい頃からあの魚のムニエルが大好きでな…。年に一度の誕生日くらい、腹一杯食わせてやりてぇんだが…こればっかりは、どうにもならん」
普段の頑固でぶっきらぼうな姿からは想像もできないような、弱気なゴードンさんの言葉。娘の喜ぶ顔が見たいのに、それが叶えられないという親心がひしひしと伝わってきて、僕の胸は少し痛んだ。
リズさんの顔が思い浮かぶ。いつも元気で、太陽みたいに明るくて、世話焼きで。僕が落ち込んでいる時も、彼女の笑顔に何度も励まされてきた。宿の仕事も一生懸命手伝っているし、ゴードンさんのことも、なんだかんだ言って大好きなんだろう。
(僕に、何かできないだろうか…)
Cランク昇格も目前となり、僕には以前よりもずっと力がついた。スキルだってたくさんある。危険な森の探索も、魔物との戦闘も経験してきた。
「ゴードンさん!」
「ん、なんだ?」
「その虹色魚、僕が採りに行きます!」
僕の突然の申し出に、ゴードンさんは目を丸くした。
「…馬鹿言うな。お前さんみたいな冒険者が、魚釣りなんぞできるわけ…」
「できます! いや、やってみます!」
僕は身を乗り出して言った。
「釣りはやったことありませんけど、川の上流なら場所も分かります。魔物も、強いのはいないんですよね?」
「ああ、せいぜい森狼(フォレストウルフ)か、たまに川辺に降りてくるゴブリンくらいのもんだが…。だがな、あそこは足場が悪くて、川の流れも速い。下手をすれば足を滑らせて流されるぞ。魚一匹のために、命を危険に晒すことじゃねぇ」
ゴードンさんは僕の身を案じて、反対してくれているのだろう。その気持ちはありがたい。けれど、僕の決意は固かった。
「大丈夫です。僕だって、これでも冒険者ですから。それに、いつもリズさんやゴードンさんにはお世話になりっぱなしです。たまには、僕にも恩返しさせてください。リズさんの喜ぶ顔、僕も見たいんです」
僕は真剣な目で、ゴードンさんを見つめた。僕のその目に、何かを感じ取ってくれたのだろうか。ゴードンさんはしばらく黙って僕の顔を見ていたが、やがて大きなため息をつき、諦めたように言った。
「…ふん、分かった。好きにしろ。だが、絶対に無茶だけはするなよ。いいか、魚なんぞ、釣れなくたって構わん。お前さんが無事に帰ってくるのが一番だ。もし怪我でもしてみろ、リズが悲しむだけだからな。分かったな?」
「はい! ありがとうございます、ゴードンさん!」
ぶっきらぼうな言葉の中に、確かな優しさを感じて、僕は力強く頷いた。
*
翌日、僕は虹色魚を釣るための準備を始めた。
まずは情報収集だ。ゴードンさんから虹色魚が生息する清流の詳しい場所や、魚の習性(警戒心が強い、特定の水草の周りにいることが多いなど)を教えてもらう。
次に、釣り方についてだが、僕には全く知識がない。ギルドの資料室で初心者向けの釣りに関する本を探し、読みふけった。竿の選び方、糸の結び方、餌の種類、合わせのタイミング…。
【釣り(知識) Lv.1】 (New!)
やはり、本を読むだけでもスキルは身につくらしい。知識レベルだけなので、実践でどこまで通用するかは分からないけれど。
次に道具だ。専用の釣り竿など持っているはずもなく、かといって買うお金ももったいない。僕はボルガンさんの工房へ行き、余っている丈夫な木の枝と、テグス(丈夫な糸)、そして小さな金属片を分けてもらい、簡単な釣り針と釣り竿を自作することにした。
【道具作成(簡易)Lv.1】→ Lv.2
以前マンドラゴラ・キング戦で松明を作った時のスキルが、ここでも役に立った。簡単なものだけど、これで何とかなるだろう。餌は、虹色魚が好みそうだという川虫を、近くの川辺で採取した。
準備を整え、僕は教えられた川の上流へと向かった。フロンティアの街から森へ入り、しばらく獣道を進むと、せせらぎの音が聞こえてきた。木々の間を抜けると、そこには陽光を浴びてキラキラと輝く、美しい清流が流れていた。
水は驚くほど澄んでいて、川底の石の一つ一つまでくっきりと見える。ゴードンさんの言った通り、足場は岩がちで不安定だ。流れも見た目より速そうだ。
「さて、どこにいるかな…」
僕は【索敵】スキルを使い、水中の気配を探る。小さな魚影はいくつか見えるが、虹色魚らしき、ひときゅうわ目立つ輝きを持つ魚は見当たらない。
(警戒心が強いんだったな…僕の気配を消さないと)
【隠密】スキルを発動させ、岩陰に身を潜めるようにして、自作の釣り竿に餌をつけ、そっと川へ糸を垂らした。
静まり返った川辺に、せせらぎの音だけが響く。
僕は【持久力】スキルを意識し、じっと竿先を見つめ続けた。魚釣りというのは、根気のいる作業らしい。
しかし、いくら待っても、アタリは来ない。魚たちは僕の餌に見向きもしてくれないようだ。
(餌が悪いのかな? それとも、場所が違う…?)
僕は場所を変え、餌を変え、試行錯誤を繰り返した。その度に、【釣り(知識)】スキルが活性化し、どうすれば魚が食いつきやすいか、という情報が頭の中に流れ込んでくるような感覚があった。
【釣り Lv.1】 (New!)
ついに、実践的な釣りスキルが発現した! これで、もっと上手く釣れるようになるかもしれない。
僕はスキルを頼りに、流れが少し淀んでいる、水草の影になっているポイントに狙いを定めた。餌も、より新鮮な川虫に付け替える。そして、竿の振り方にも【筋力制御】スキルを応用し、できるだけ自然に、魚を驚かせないように餌を投入する。
糸を垂らし、じっと待つ。
すると…
ククンッ!
竿先が、わずかに引き込まれた!
(来た!)
心臓がドキリと跳ねる。慌てずに、しかし確実に合わせる!
グググッ! と強い引きが竿にかかる!
(大きい! これが虹色魚か!?)
僕は慎重に、だが力強く竿を操る。魚が暴れる力を【受け流し】の要領でいなし、少しずつ岸へと引き寄せていく。【釣り】スキルのレベルが、このやり取りの中でも上がっていくのを感じる!
そして、ついに水面から姿を現したのは――
キラキラと、陽光を反射して七色に輝く、美しい魚だった! 体長は30センチほどだろうか。流線形のフォルムが力強い。
「やった…! これが、虹色魚…!」
僕は感動のあまり、しばしその美しい姿に見とれてしまった。
慎重に釣り上げ、用意しておいた桶に入れる。ピチピチと跳ねる虹色魚は、まるで宝石のようだ。
その後も、僕は【釣り Lv.1】→ Lv.2 へと成長したスキルを駆使し、粘り強く釣りを続けた。警戒心が強い魚なので簡単ではなかったが、スキルのおかげで魚のいる場所や食いつくタイミングが分かるようになり、最終的には、家族で食べるには十分な数、五匹の虹色魚を釣り上げることに成功した。
釣り上げた魚は、鮮度が落ちないように、近くの苔と冷たい沢の水を使って簡単な保冷箱を【道具作成】スキルで作って収納した。これも、スキルがあればこその工夫だ。
夕暮れの光が清流を金色に染める頃、僕は満足感と共に釣り場を後にした。
冒険とは違う、穏やかで、けれど確かな達成感。スキルは、こんな風に誰かを喜ばせるためにも使えるんだ。そのことが、僕は何よりも嬉しかった。
(リズさん、喜んでくれるかな…)
彼女の太陽のような笑顔を思い浮かべながら、僕は少し早足で、フロンティアへの道を戻り始めた。
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