第15話 湿地の罠と銀露の輝き

オーク斥候部隊を討伐したことで、僕はCランク昇格への確かな一歩を踏み出した。しかし、エマさんの言う通り、昇格には「安定した実績」が必要だ。オーク討伐という大きな成果はあったけれど、それ一回だけではまだ足りないだろう。それに、僕自身、戦闘系のスキルだけでなく、もっと多様なスキルを伸ばしたいという気持ちもあった。


そこで僕は、次に挑戦するCランク依頼として、希少な薬草である「銀露草(ぎんろそう)の大量採集」を選ぶことにした。討伐依頼だけでなく、採取系の難しい依頼もこなせることを示せれば、ギルドからの評価もより確かなものになるはずだ。


「銀露草、ですか…」


依頼を選択した僕に、エマさんは少し意外そうな顔をした。


「承知いたしました。ですがカイト様、この依頼は推奨ランクCとなっておりますが、討伐依頼とはまた違った危険が伴います。よろしいのですね?」

「はい、覚悟の上です」


エマさんから詳しい話を聞く。銀露草は、深淵の森・中域の中でも、特定の湿地帯にしか自生しない希少な薬草らしい。強力な解毒作用を持ち、高位のポーションの材料になるため、非常に高値で取引されるとのこと。しかし、その自生地周辺は、毒を持つ植物や、吸い込むと幻覚を見せる胞子を撒き散らすキノコなどが多く、自然の罠に満ちているという。さらに、薬草を守るかのように、特殊な植物系のモンスターが出現する可能性も高いらしい。


(毒、幻覚、植物モンスター…オーク戦とは全く違う対策が必要になりそうだな)


僕は改めて気を引き締め、情報収集と準備に取り掛かった。まずはシルヴィアさんの雑貨屋だ。


「まあ、銀露草ですの? あの湿地帯は迷いやすいですし、厄介な植物も多いですから、十分にお気をつけくださいませ」


シルヴィアさんは僕の目的を聞くと、いつものように興味深そうな笑みを浮かべた。


「特に、幻覚を見せるキノコの胞子は厄介ですわ。もし吸い込んでしまった時のために、この『清醒(せいせい)の香』をお持ちになるとよろしいかと。強い香りですが、一時的に意識をはっきりさせる効果がありますの」


彼女が差し出したのは、小さな香袋だった。中には、ツンとするような、それでいて爽やかな香りの乾燥した葉が入っている。


「それから、植物系のモンスターは火を嫌うことが多いですわね。念のため、油や火種も多めに持っていくと、いざという時に役立つかもしれませんわ」

「ありがとうございます、シルヴィアさん。すごく助かります!」


僕は清醒の香と、予備の油、火口箱を購入した。彼女のアドバイスはいつも的確で、本当に頼りになる。…まあ、その分、しっかりお金は取られるのだけど。


解毒剤も、手持ちの中で一番効果の高いものを準備した。ボルガンさんのところで手入れしてもらった剣と補強した革鎧、そしてリズさんのお守り。準備は万端だ。



翌日、僕は再び深淵の森・中域へと足を踏み入れていた。

目指すは、エマさんから地図で教えてもらった湿地帯。オークと遭遇したエリアとは別の方向だ。


鬱蒼とした森の中を進む。前回よりもさらに奥へ進むためか、木々はより高く、密度を増し、日光はほとんど地面に届かない。足元は湿った土と落ち葉でぬかるみ、歩きにくい。


(空気が…重いな)


【索敵】スキルを常に発動させ、周囲の気配を探る。鳥の声は少なく、代わりに奇妙な虫の羽音や、遠くで響く獣の低い唸り声が聞こえてくる。


しばらく進むと、道がぬかるみ始め、足元に粘つくような感触が増えてきた。


(これは…毒沼の兆候か?)


図鑑で読んだ知識が頭をよぎる。迂闊に踏み込めば、足を取られるだけでなく、毒に侵される可能性もある。僕は慎重に足場を選びながら、粘つく地面を避けて進んだ。


やがて、甘い香りが漂ってきた。誘われるようにそちらへ目を向けると、色鮮やかな、見たこともない花が咲いている。その美しさに一瞬見惚れそうになったが、すぐに【危機察知】スキルが警告を発した!


(危ない…! この香り、眠気を誘うやつだ!)


慌てて口と鼻を布で覆い、足早にその場を離れる。図鑑によれば、長時間この香りを吸い込むと、深い眠りに落ちてしまうという。森の中での眠りは、死を意味する。


(鑑定スキルがあれば、もっと早く気づけたかもしれないな…)


【鑑定(植物)Lv.1】(New!)


またスキルが生まれた感覚。危険な植物を見分けるスキルか。これは役に立ちそうだ。


さらに奥へ進むと、霧のように白い胞子が漂っているエリアに出た。巨大な、傘の色が毒々しい紫色のキノコが、そこかしこに生えている。マッドキャップだ。


(これも図鑑で見たやつだ。幻覚を見せる胞子…!)


僕は息を止め、【隠密】スキルで気配を消し、素早く通り抜けようとした。しかし、運悪く風向きが変わり、ふわりと胞子のかたまりが僕の方へ流れてきた!


「…っ!」


咄嗟に口元を覆ったが、わずかに吸い込んでしまったらしい。途端に、視界がぐにゃりと歪み、平衡感覚がおかしくなる。地面が波打ち、木々が奇怪な形に見える。


(まずい…!)


意識が混濁しそうになる。僕は慌てて、シルヴィアさんから買った「清醒の香」を取り出し、強く匂いを吸い込んだ。

ツン、とした強烈な刺激が鼻腔を突き抜け、脳を直接揺さぶるような感覚!


「…はぁっ、はぁ…!」


歪んでいた視界が、少しずつ元に戻っていく。まだ少し頭はくらくらするが、幻覚は収まったようだ。


【耐幻覚(低) Lv.1】 (New!)


(危なかった…シルヴィアさんに感謝しないと)


あの香りがなければ、僕は今頃、恐ろしい幻覚の中でパニックになっていたかもしれない。


いくつかの罠を乗り越え、僕はついに目的の湿地帯へとたどり着いた。

そこは、他の場所とは違い、わずかに開けた空間になっていた。地面は常に水を含んでおり、足を踏み入れるとじゅく、と音がする。そして、その湿地のあちこちに、朝露に濡れて銀色にキラキラと輝く、美しい薬草が生えていた。


「あった…! これが、銀露草か…!」


思わず声が出た。写真で見たよりもずっと綺麗で、神秘的な輝きを放っている。僕は興奮を抑えながら、銀露草に近づき、採取しようと手を伸ばした。


その瞬間だった。


足元の地面が、不気味に盛り上がり始めた! まるで、大地そのものが生きているかのように!

そして、盛り上がった土の中から、つるや根を無数に絡み合わせた、人型の植物モンスターが次々と姿を現した!


(出たな…! これが、銀露草の守護者か!)


数は五体。それぞれが、まるで巨大なマンドラゴラのような、歪んだ顔を持っている。たしか、マンゴドラ・キングという名前らしい。


「キシャアアアアァァッ!!」


甲高い、耳障りな叫び声! それは単なる威嚇ではなく、麻痺効果を持つ音波攻撃だった!


(くっ…!)


【耐麻痺(低) Lv.1】 (New!)


スキルのおかげか、完全な麻痺は避けられたが、それでも体がわずかに痺れ、動きが鈍る!

そこへ、マンドラゴラ・キングたちが、鋭く尖った根を槍のように突き出してきた!


「させるか!」


僕は剣を抜き、迫りくる根を弾き返す! しかし、相手は五体。次から次へと攻撃が繰り出され、防戦一方になってしまう。しかも、剣で斬りつけても、植物特有の再生力なのか、すぐに傷が塞がってしまう!


(剣だけじゃ、埒が明かない…!)


【戦術思考】スキルを働かせ、突破口を探る。植物系の弱点…それは、やはり!


(火だ!)


僕は一旦距離を取り、背中の袋から油と火口箱を取り出した。近くに落ちていた手頃な木の枝に油を染み込ませ、火口箱で火をつける!


ボッ!


即席の松明が、薄暗い湿地帯を明るく照らす!


「キシャ!?」


マンドラゴラ・キングたちが、明らかに火を恐れて後退した!


(いける!)


僕は松明を掲げながら、再びマンドラゴラ・キングたちに斬りかかる! 火を近づけると、奴らの動きは明らかに鈍り、再生能力も低下するようだ!


【火耐性(微弱) Lv.1】 (New!)


松明の熱気で、僕自身にも火耐性スキルが生まれたらしい。


僕は松明で牽制しつつ、剣で一体ずつ確実に弱点を突いていく。奴らの弱点は、おそらく体の中心部にある、少し硬くなった核のような部分だ!


【剣術(応用)Lv.2】!


火に怯んだ隙を突き、核目掛けて剣を突き刺す!


「ギィィィィィッ!」


断末魔のような叫び声を上げ、マンドラゴラ・キングが土くれとなって崩れ落ちる!


一体倒せば、あとは流れだ! 僕は同じ戦法で、次々とマンドラゴラ・キングたちを撃破していった。


「はぁ…はぁ…終わった…」


最後の個体を倒した時、僕はその場にへたり込んだ。オーク戦とは違う種類の疲労感。トリッキーな攻撃と、再生能力を持つ敵との戦いは、精神的にもかなり削られた。


けれど、これでようやく銀露草を採取できる。

僕は立ち上がり、湿地に輝く銀色の薬草を、慎重に、そして感謝の気持ちを込めて摘み取っていった。依頼の規定数は十分すぎるほど確保できた。


戦闘は大変だったけれど、罠を回避し、敵の弱点を突き、道具を活用して勝利する…討伐依頼とは違う、採取依頼ならではの達成感があった。僕のスキルは、確実に多様性を増し、応用力も上がっている。


湿地帯を後にし、帰路につく。袋の中の銀露草が、確かな重みと共に、僕の成長を証明してくれているようだった。

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