第11話 死闘の果てと、月光の輝き

オークの咆哮が森に響き渡る。地響きを立てて迫りくる巨体。その圧倒的な威圧感に、僕の体は一瞬竦みそうになった。けれど、ここで怯むわけにはいかない!


「うおおおおっ!」


僕は自らを鼓舞するように叫び、オークに向かって駆け出した。先手必勝! いや、この体格差では、先手を取っても押し切られるだけか。ならば、相手の力を利用する!


オークが巨大な棍棒を振りかぶる。その予備動作は大きい。【モンスター知識(オーク)Lv.1】の情報が頭をよぎる。直線的で大振りな攻撃。


(いける!)


僕は棍棒の軌道を見極め、懐に飛び込むようにステップを踏む。同時に、【受け流し】の型で剣を滑らせ、棍棒の側面を叩いた!


ガギィィン!!


凄まじい衝撃! オークのパワーは想像以上で、剣を持つ腕が痺れる。完全には受け流しきれず、体勢が崩れる。


「グォッ!」


オークは僕が体勢を崩したのを見逃さず、即座に棍棒を薙ぎ払うような追撃を放ってきた!


(まずい!)


【危機察知(低)Lv.2】が警鐘を鳴らす! 僕は咄嗟に地面を転がり、間一髪で棍棒を回避する。しかし、風圧だけで体が数メートル吹き飛ばされた!


(HP -15)


まただ。視界の隅に、赤い数字が浮かんだ気がする。受け身は取ったが、ダメージは避けられなかったようだ。背中を強く打ち付け、息が詰まる。


「グオオオオッ!」


オークは僕が立ち上がるのを待たず、巨体に見合わぬ速さで距離を詰め、再び棍棒を振り下ろしてきた! 今度は避けきれない!


(防御…!)


【身体強化(微弱)Lv.2】を発動させ、全身の筋肉を硬直させる。同時に、剣を盾のように構えて衝撃に備える!


ドゴォォン!!


凄まじい音と共に、棍棒が僕の剣ごと叩きつけられた! 衝撃で視界が白く染まり、内臓が揺さぶられるような感覚。安物の剣が悲鳴を上げ、ミシミシと嫌な音がする。


(HP -35)


「ぐっ…うぅ…!」


口の中に鉄の味が広がる。吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。全身が痛い。特に、棍棒を受け止めた左腕は、感覚が麻痺しているようだ。


(これが…オーク…! ウルフとは、まるで違う…!)


力の差は歴然だった。スキルを使っても、まだこれだけの差がある。推奨ランクCというのは、伊達じゃない。


オークが、とどめを刺そうとゆっくりと近づいてくる。その醜悪な顔には、獲物を嬲るような愉悦の色が浮かんでいるように見えた。


(ここまで、なのか…?)


悔しさが込み上げてくる。ボルガンさんに最高の素材を届ける約束も、スローライフの夢も、ここで終わりなのか…?


その時、ふと革袋に入れたリズさんのお守りの存在を思い出した。彼女の笑顔が脳裏をよぎる。ゴードンさんの不器用な優しさ、エマさんの静かな視線、ボルガンさんの期待…。僕を信じてくれる人たちがいる。


(諦めるな…! 僕には、まだやれることがあるはずだ!)


痛みで霞む意識の中、僕は自分の内なる力に呼びかけた。もっと、もっと力を…!


すると、体の奥底から、じんわりと温かい何かが湧き上がってくるのを感じた。傷の痛みが、ほんの少しだけ和らぐような感覚。


【自己治癒(微弱) Lv.1】 (New!)


(新しいスキル…? 治癒…?)


信じられない。こんな土壇場で、新しいスキルが生まれるなんて! 完全な回復ではないけれど、絶望的な状況に、一条の光が差した気がした。


僕は歯を食いしばり、最後の力を振り絞って立ち上がった。麻痺していた左腕にも、少しだけ感覚が戻ってきた。


「グオ…?」


僕がまだ立ち上がってきたことに、オークは少し驚いたように動きを止めた。


(今だ!)


僕はその隙を見逃さなかった。オークの巨体は、パワーと引き換えに、細かい動きや方向転換が苦手なはずだ。


【剣術(基礎)Lv.3】!


僕はオークの側面へ回り込むように駆け出した。オークが慌てて向き直ろうとするが、その動きは鈍い。僕はその脇腹、硬い筋肉のわずかな隙間を目掛けて、剣を突き出した!


グサッ!


確かな手応え! 剣先がオークの分厚い皮を貫き、肉に食い込む。


「ゴアアアアアッ!」


オークが苦痛の咆哮を上げる! 怒りに任せて棍棒を振り回すが、その動きは先ほどよりも明らかに荒く、隙だらけになっている。


(いける…!)


僕は冷静にオークの動きを見極める。ただ力任せに振るうだけじゃない。相手の動きを読み、カウンターを狙う。フェイントを混ぜて、相手の体勢を崩す。


【剣術(応用) Lv.1】 (New!)


また新しいスキルが生まれた感覚! 戦闘の中で、僕の体は、僕の意思を超えて最適化されていく。基礎的な剣の振りだけでなく、より実践的な技術が自然と身についていく。


オークの棍棒を紙一重でかわし、懐へ飛び込む。がら空きになった首筋目掛けて、渾身の力を込めて剣を突き立てた!


ズブリッ!


生々しい音と共に、剣が深く突き刺さる。オークの巨体が大きく揺らぎ、その目から光が失われていく。


「ゴ…フ…ッ」


断末魔の呻き声を残し、オークはゆっくりと、地響きを立てて地面に倒れ伏した。


「はぁ…はぁ…はぁ…っ」


僕はその場に膝から崩れ落ちた。全身が鉛のように重い。呼吸は乱れ、汗が滝のように流れる。満身創痍とは、まさにこのことだろう。

けれど、僕の心は、今まで感じたことのない達成感で満たされていた。


(勝った…オークに、勝ったんだ…!)


スキルのおかげとはいえ、格上の魔物を、僕は自分の力で打ち倒したのだ。その事実が、僕に大きな自信を与えてくれた。



しばらくその場で荒い息を整えてから、僕は最後の力を振り絞って立ち上がった。戦利品を回収しなければならない。


オークの亡骸に近づき、腰の小型ナイフで素材の剥ぎ取りを始める。分厚く硬い皮、鋭い牙、そして胸の奥からは、ゴブリンやウルフのものよりも一回り大きく、鈍い光を放つ魔石を取り出した。


【剥ぎ取り Lv.1】→ Lv.2


作業をしていると、剥ぎ取りスキルがレベルアップした感覚があった。やはり、経験を積むことが重要らしい。


全ての素材を回収し終え、ふと周囲を見渡した時だった。

オークが倒れていた場所のすぐ近く、苔むした大きな岩肌の一部が、不自然に欠けているのに気づいた。そして、その岩の隙間から、何か青白い光が、まるで呼吸をするかのように、ゆっくりと点滅しているのが見えた。


(…まさか!)


僕は吸い寄せられるように、その岩肌へと近づいた。

光は、岩の奥深くから漏れ出ているようだ。僕はナイフと手を使って、慎重に周囲の土や岩を取り除いていく。


そして、ついにその光の源に辿り着いた。

それは、僕の拳ほどの大きさの、滑らかな表面を持つ鉱石だった。乳白色の石の中に、淡い青白い光が無数に散りばめられており、それがゆっくりと明滅を繰り返している。まるで、星空を閉じ込めたかのようだ。


(これが…シルヴィアさんの言っていた、「光る鉱石」…!)


間違いない。こんな不思議な鉱石、見たことがない。僕は興奮を抑えきれず、そっとその鉱石に手を触れた。ひんやりとした感触。そして、石の内部から、清浄で、けれど力強い魔力のようなものが放たれているのを感じる。


その瞬間、また頭の中に情報が流れ込んできた。


【鑑定(鉱石) Lv.1】 (New!)

【名称:月光石(げっこうせき)】

【等級:希少】

【特性:内部に高密度の純粋な魔力を蓄積している。特定の波長の月光を照射しながら加熱することで、極めて硬く軽量な金属『月鋼(げっこう)』に変化する。魔力伝導率も非常に高い】


(月光石…! 月鋼…! すごい…! これなら、ボルガンさんもきっと唸ってくれるはずだ!)


僕は歓喜の声を上げそうになるのを必死にこらえ、月光石を慎重に岩の隙間から掘り出した。ずしりとした重みが心地よい。これを手に入れるために、オークと死闘を繰り広げたのだ。その価値は十分にあった。



満身創痍の体を引きずりながら、僕は深淵の森を後にした。

目的だった特別な素材「月光石」を手に入れ、さらにオークまで討伐できた。成果としては、これ以上ないだろう。


フロンティアの街の門が見えてきた時の安堵感は、言葉にできないほどだった。門番の兵士や、街の人々が僕のボロボロの姿を見て驚いていたが、今の僕にはそれを気にする余裕はなかった。


まっすぐ「木漏れ日亭」へ帰り着くと、ちょうどロビーにいたリズさんとゴードンさんが、僕の姿を見て駆け寄ってきた。


「カイト兄!」「若造!」


二人の声には、驚きと安堵、そして心配の色が混じっていた。


「だ、大丈夫だよ…ちょっと、手強い相手と戦っただけだから…」


僕はそう言って力なく笑い、そのまま自分の部屋へと向かった。今はただ、休みたかった。


ベッドに倒れ込むように横になり、天井を見上げる。

今日の戦闘、そして月光石の発見。目まぐるしい一日だった。スキルもいくつか新しく生まれ、既存のものもレベルアップした。僕は確実に強くなっている。


けれど、同時に新たな課題も見えた。オーク一体に、あれだけの苦戦を強いられたのだ。Cランク冒険者の壁は、まだ厚い。それに、手に入れた月光石も、「月光の下で精錬する」必要があるらしい。どうすればいいんだろうか?


(まだまだ、やることはたくさんあるな…)


迷宮の金属スライムの情報も気になる。鍛冶スキルももっと上げたい。剣術も、身体強化も…。


疲労困憊のはずなのに、思考は冴え渡っていた。

満身創痍の体とは裏腹に、心は次なるステップへの意欲で満ち溢れている。


僕はゆっくりと目を閉じた。

休息が必要だ。体を休め、そしてまた明日から、新たな一歩を踏み出すために。

月光石の淡い輝きが、僕の未来を照らしてくれるような気がした。

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