第10話 森の誘いとオークの咆哮

ボルガンさんから課せられた新たな目標――「特別な素材探し」。

それは、今の僕にとって何よりも心を燃え上がらせる挑戦だった。最高の剣のため、そしてボルガンさんの期待に応えるためにも、必ず成し遂げたい。


とはいえ、具体的にどんな素材を探せばいいのか、見当もつかない。僕はまず、情報収集のために再び冒険者ギルドへ足を運んだ。


「特別な素材、ですか…」


受付で僕の質問を受けたエマさんは、一瞬驚いたような顔を見せた。僕がボルガンさんに認められ、そんな話になっていること自体が意外だったのだろう。けれど、すぐに冷静さを取り戻し、端末を操作して情報を検索し始めた。


「高ランクの武器や防具に使用される素材としては、やはり深淵の迷宮の中層以降で稀に採掘される『星屑鉄(スターダストアイアン)』や『アダマンタイト』といった高純度の魔鉱石が挙げられます。また、強力な魔物から得られる固有素材、例えば『硬質キメラの甲殻』や『アイアンゴーレムの核』なども非常に価値が高いですが…」


エマさんは淡々と説明しながらも、その表情は「Dランクの貴方に手が出せるものではありませんよ」と語っているようだった。


「いずれも入手は極めて困難で、最低でもBランク以上のパーティーでの探索が推奨されます。討伐依頼も高ランク向けのものばかりですね。ギルドの過去の記録を見ても、Dランク冒険者が単独でこれらの素材を入手したという記録は…残念ながら、見当たりません」


「そうですか…」


やはり、そう簡単ではないらしい。ギルドで得られる情報は、あまりにもハードルが高すぎた。少し気落ちしながらも、僕は礼を言ってカウンターを離れた。


(ギルドの情報だけじゃダメか…もっと、別の情報源を探さないと)


思い浮かんだのは、あのミステリアスな雑貨屋の店主、シルヴィアさんの顔だった。彼女なら、何か面白い情報を持っているかもしれない。


僕は足早に「迷いの森」へと向かった。カラン、とドアベルが鳴る。


「あらあら、カイトさん。いらっしゃいませ。何かお探し物ですの?」


今日もシルヴィアさんは、優雅な微笑みで僕を迎えてくれた。


「こんにちは、シルヴィアさん。実は、ちょっと特別な素材を探していまして…。何か、心当たりはありませんか? 噂話でも何でもいいんですが」


僕がそう切り出すと、シルヴィアさんの瞳が興味深そうに細められた。


「まあ、特別な素材探しですの? ふふ、カイトさんもいよいよ本格的な冒険に乗り出されるのですね。素晴らしいことですわ」


彼女は楽しそうに笑うと、カウンターに肘をつき、少し声を潜めて言った。


「ちょうど、面白いお話がありますわ。最近、森の猟師たちの間で囁かれている噂なのですけれど…『深淵の森の中域で、夜になると奇妙な青白い光を放つ鉱石を見た』という話があるそうですの」

「光る鉱石…?」

「ええ。それが何なのか、どこにあるのか、詳しいことは誰も知らないようですけれど…。もしかしたら、カイトさんのお探しの『特別な素材』かもしれませんわね?」


深淵の森の中域。オークも生息するという危険地帯だ。けれど、「光る鉱石」という響きには、確かに心を惹かれるものがあった。


「それから、もう一つ。これは迷宮に関する古い文献で見つけた記述なのですが…深淵の迷宮のある特定の階層、それもあまり人が立ち入らないような場所に、『金属質の体を持つ、非常に珍しいスライム』が出現することがあるそうですの。そのスライムの核は、どんな金属よりも硬く、それでいて軽いという話ですわ」

「金属のスライム…」


どちらも真偽不明の、眉唾物の情報かもしれない。けれど、今の僕にとっては、暗闇の中の一筋の光のように思えた。


「ありがとうございます、シルヴィアさん! すごく参考になりました!」

「ふふ、お役に立てたのなら嬉しいですわ。ただし、どちらも危険な場所に関する情報です。くれぐれも、ご無理はなさらないように」


シルヴィアさんはそう言って微笑んだが、その瞳の奥には、僕の冒険の結果を楽しみにしているような、そんな色が浮かんでいる気がした。彼女はきっと、僕が持ち帰るかもしれない「面白いお土産話(と素材)」に期待しているのだろう。


僕はシルヴィアさんにお礼を言い、雑貨屋を後にした。

心は決まった。まずは、比較的リスクが低い(と思いたい)深淵の森の中域、「光る鉱石」を探してみよう。



翌日、僕は深淵の森・中域への挑戦に向けて、念入りに準備を進めていた。

中域は、以前足を踏み入れた外縁部とは比較にならないほど危険だ。オークだけでなく、もっと強力な魔物が生息している可能性もある。


まずは装備の見直しだ。ボルガンさんの工房へ行き、事情を話して剣を再度調整してもらった。ボルガンさんは「ふん、無茶をしおって…だが、その意気や良し!」と、いつもより丁寧に刃を研いでくれた。擦り切れていた革鎧も、自分で【鍛冶(基礎)Lv.5】のスキルを使って、簡単な補強を試みた。継ぎ接ぎだらけで見栄えは悪いけれど、防御力は多少上がったはずだ。シルヴィアさんから買った万能オイルも、剣と鎧に念入りに塗り込んでおく。


ポーションも、手持ちの報酬で少し質の良いものを買い足した。それでも心許ないが、無いよりはマシだろう。保存食と水も、いつもより多めに準備した。


最後に、「木漏れ日亭」でリズさんとゴードンさんに声をかける。


「あの、明日から少しの間、森の奥の方へ行ってきます」

「ええっ!? 森の奥って、中域のこと!? 危ないよ、カイト兄!」


案の定、リズさんが血相を変えて心配してくれた。


「大丈夫だよ。ちゃんと準備もしたし、無理はしないから」

「でも! もしオークとか出たらどうするの!? あたしも一緒に行く!」

「馬鹿者! お前が行ってどうする。足手まといになるだけだ!」


リズさんの言葉を、ゴードンさんが一喝して遮った。ゴードンさんは厳しい顔で僕を見て、深くため息をついた。


「…若造。死ぬんじゃねぇぞ。必ず、無事に帰ってこい」


ぶっきらぼうな言葉だけど、その奥には確かな心配が込められているのが分かった。


「はい! 行ってきます!」


リズさんはまだ納得いかない様子だったけれど、僕が本当に行くのだと分かると、小さな布袋を取り出して僕に差し出した。


「…これ、お守り。あたしが作ったの。気休めかもしれないけど、持ってて」


中には、手作りの、少し歪んだ形のお守りが入っていた。リズさんの温かい気持ちが伝わってくるようで、胸が熱くなる。


「ありがとう、リズさん。大切にするよ」


僕はそのお守りを革袋にしまい、二人に見送られながら宿を出た。



そして翌朝、僕は深淵の森の中域へと足を踏み入れた。

外縁部とは明らかに空気が違う。木々はさらに鬱蒼と茂り、地面には人の踏み入った跡もほとんどない。濃密な魔物の気配が、そこかしこから感じられた。


ゴクリ、と喉が鳴る。緊張で全身がこわばるのを感じながらも、僕は【索敵】と【隠密】のスキルを最大限に活用し、慎重に歩を進めた。


(まずは、シルヴィアさんの言っていた『光る鉱石』の手がかりを探さないと…)


夜に光るというのなら、昼間でも何か痕跡があるかもしれない。特殊な地形、あるいは鉱脈のようなものが…。


道中、何度か魔物に遭遇した。巨大な蜘蛛(ジャイアントスパイダー)の巣に迷い込みそうになったり、鋭い牙を持つ猪(レイザーボア)の突進をかわしたり。以前ならパニックになっていたかもしれない場面でも、今の僕は冷静だった。


【剣術(基礎)Lv.2】→ Lv.3

【身体強化(微弱)Lv.1】→ Lv.2


戦闘経験を積むたびに、スキルが成長していくのが分かる。ウルフ戦よりも格段に落ち着いて立ち回れるようになっている自分に、少し驚く。これが、スキルの力、成長するということなんだ。


しかし、「光る鉱石」の手がかりは、なかなか見つからなかった。中域は広く、地形も複雑だ。闇雲に探しても埒が明かない。


(少し休憩しよう…)


少し開けた場所を見つけ、木の根元に腰を下ろして水袋を取り出した時だった。


ブオォォォッ!


突如、腹の底に響くような、低い咆哮が森全体を震わせた!

同時に、強烈な威圧感が僕を襲う!


(この声…この気配…間違いない!)


僕は咄嗟に剣を抜き、声がした方向を睨みつけた。

茂みが大きく揺れ、緑色の巨体が姿を現す。

筋骨隆々とした体躯、豚のような醜悪な顔、そして肩に担いだ巨大な棍棒。


オークだ!


しかも、僕が昨日図鑑で確認した知識よりも、一回り以上大きい気がする。これが、中域のオーク…!


相手は一体。しかし、その威圧感は、ウルフ三体の比ではなかった。ゴブリンなど、赤子同然に思える。


(まずい…! 見つかった!)


オークはこちらに気づくと、獰猛な目を爛々と輝かせ、地響きを立てて突進してきた!


(戦うしかない…!)


逃げるという選択肢は、もうない。僕は覚悟を決め、剣を構えた。


【モンスター知識(オーク)Lv.1】

弱点は首筋と脇腹。動きは直線的だが、一撃が重い。


オークが振り下ろす棍棒を、僕は全身のスキルを総動員して迎え撃つ!


【受け流し】!

【身体強化(微弱)Lv.2】!


ガギィィン!!


剣で棍棒を受け流すが、凄まじい衝撃が腕に伝わり、骨がきしむような感覚が走る!


(重い…! 受け止めるのは無理だ!)


受け流しきれなかった衝撃で、体がよろめく。そこへ、オークの追撃が迫る!


【危機察知(低)Lv.2】!


咄嗟に地面を転がり、棍棒の直撃を回避する。しかし、完全に避けることはできず、肩を掠めた衝撃で吹き飛ばされた!


(HP -20)


またあの表示が見えた気がする。肩が熱い。打撲か、もしかしたら骨にヒビが入ったかもしれない。


「グオォォ…!」


オークは勝ち誇ったように咆哮し、再び棍棒を振りかぶる。


(くそっ…! やっぱり、まだ早かったのか…!?)


絶望感が心をよぎる。けれど、その瞬間、革袋に入れたリズさんのお守りが、かすかに温かくなったような気がした。


(いや、まだだ…! ここで諦めるわけにはいかない!)


僕は歯を食いしばり、痛む体に鞭打って立ち上がる。ボルガンさんの期待に応えるため、リズさんの想いに応えるため、そして、僕自身の可能性を証明するために!


【剣術(基礎)Lv.3】!


僕はオークに向かって駆け出し、渾身の力を込めて剣を振るった!

一進一退の攻防が、今、始まる!

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