3章 職人の道とギルドの影
第9話 ギルドマスターの視線と、新たな目標
冒険者ギルド、その最奥に位置するギルドマスター執務室。重厚な木の扉が、外界の喧騒を遮断している。
その静かな部屋で、ギルドマスター・バルガスは、受付嬢エマからの報告に静かに耳を傾けていた。彼の前には、冒険者カイトに関する書類が数枚、広げられている。
「――以上が、冒険者カイトに関するここ数日の記録と、私の所見です」
エマは背筋を伸ばし、よどみない口調で報告を終えた。Dランク冒険者であるカイトの異常な成長速度、単独でのウルフ複数討伐と良質な薬草の採集、スキルに関する不可解な言動、そしてエリート冒険者アレスとの一件。客観的な事実に、彼女自身の観察に基づく所見が加えられている。
バルガスは、白い顎髭をゆっくりと撫でながら、黙って書類に目を通していた。長い冒険者生活で刻まれたであろう顔の傷跡が、彼の威厳を際立たせている。
「ふむ…」
しばらくして、バルガスは低く唸った。
「エマ君の報告通り、これは尋常な事態ではなさそうですな。スキル無しと鑑定された者が、これほどの短期間でウルフを単独討伐するまでに成長するとは…」
「はい。本人は『運が良かった』『地道な訓練の成果』と繰り返していますが、それだけでは説明がつかないかと。何らかの未発見スキル、あるいは…外部からの支援や、禁忌とされる手段を用いている可能性も否定できません」
エマの声には、わずかな懸念と警戒の色が滲んでいた。個人としては、カイトの性格や今までの努力を好ましく思っているが、ギルド職員として、規律を乱す可能性のある存在を見過ごすわけにはいかないという責任感がうかがえる。
「アレス君との一件も気になりますな。彼の性格を考えれば、今後カイト君に対して、何らかの実力行使に出る可能性も考えられる。そうなれば、ギルド内の秩序にも影響が出かねません」
「ですので、マスター。一度、カイト様を正式に呼び出し、事情聴取、あるいは再鑑定を行うべきかと進言いたします」
エマの提案は、ギルドの規律を重んじる立場としては当然のものだろう。しかし、バルガスはゆっくりと首を横に振った。
「いや…それはまだ早いでしょう」
「しかし、マスター!」
「落ち着きなさい、エマ君。君の懸念も分かります。ですが、現時点で彼がギルドの規律を乱したという明確な証拠はない。むしろ、真面目に依頼をこなし、着実に成果を上げている。我々が今すべきは、彼を疑い追い詰めることではなく、その変化の正体を見極めることではないかな?」
バルガスの瞳には、エマとは違う種類の光が宿っていた。それは、単なる警戒心ではなく、強い興味と、そして未知の可能性への期待のようなものだった。
「興味深い。実に興味深い若者です。スキル無しという評価を覆すほどの成長力…それが本当に彼自身の力によるものならば、この辺境フロンティアにとって、大きな希望となるやもしれん。もちろん、逆もまた然りですがな」
老練なギルドマスターは、カイトという存在が持つ両義性を見抜いていた。彼が辺境の発展に貢献する宝となるか、あるいは制御不能な危険因子となるか。
「しばらくは、静観しましょう。我々が下手に動けば、かえって彼を追い詰め、良からぬ方向へ導いてしまうかもしれん。ただし、彼の動向は注意深く見守ること。エマ君、君には引き続き、彼の様子を報告してもらいたい。そして…もし彼が本当に困っているようでしたら、それとなく助言を与えるなり、適切な依頼を紹介するなりしてあげなさい。才能の芽は、潰すのではなく、正しく導くのが我々の役目でしょう」
「…承知いたしました。マスターのご指示に従います」
エマはまだ納得しきれない部分もあるようだったが、ギルドマスターの決定に異を唱えることはなかった。彼女は一礼すると、静かに執務室を後にした。
一人残されたバルガスは、再びカイトの書類に目を落とす。
「スキル無しからの規格外の成長…か。まるで、古い英雄譚のようじゃな。さて、若造…お主は一体、何者なのかな?」
その呟きは、誰に聞かれることもなく、静かな執務室に溶けていった。
*
一方、カイトはそんなギルド上層部の動きなど知る由もなく、鍛冶の手伝いという新たな可能性に没頭していた。
オーク討伐はまだランク的に難しいと分かり、少し落ち込んだものの、ボルガンさんが気まぐれに許してくれた工房での作業は、僕にとって予想以上に刺激的で、面白いものだった。
「おい、若造! ふいごの手を休めるな! 炉の温度が下がったらどうする!」
「は、はいっ!」
「そこの鉄屑をこっちへ! 腰を入れんか、腰を!」
「はいっ!」
ボルガンさんの怒声に似た指示が飛び交う中、僕は必死に食らいついていった。ふいごを操作し、炉の温度を一定に保つ。重い金属の塊を運び、指示された場所に置く。冷却用の水を替え、道具を整理する。どれも地味で力仕事が多いけれど、【自動学習】が働いていることを自覚してからは、これらの作業の一つ一つがスキルアップに繋がっているという実感があった。
【筋力制御 Lv.1】→ Lv.2
【持久力向上(小) Lv.2】→ Lv.3
【温度管理(低) Lv.1】 (New!)
ふいごを長時間操作することで持久力が上がり、炉の温度変化を観察することで温度管理のスキルが生まれる。重いものを運ぶ経験が、単なる筋力だけでなく、効率的な力の使い方=筋力制御スキルを伸ばしていく。
そして何より、ボルガンさんの作業を間近で見られるのが大きかった。
真っ赤に焼けた鉄を自在に操り、槌一つで形を変えていく。それはまさに神業のようだった。
「いいか、若造。鉄は生き物じゃ。声を聞き、機嫌を読み、最高の瞬間を見極めて打ち込むんじゃ!」
ボルガンさんは、ぶっきらぼうながらも、時折こうした職人の極意のようなものを口にする。その言葉の意味はまだ完全には理解できないけれど、彼の作業を目に焼き付け、その言葉を反芻することで、僕の中の【鍛冶】スキルは驚くべき速度で成長していった。
【鍛冶(観察) Lv.2】→ Lv.3 → Lv.4
【鍛冶(基礎) Lv.3】→ Lv.4 → Lv.5
【金属知識(初級) Lv.1】 (New!)
最初は見ているだけだったのが、次第に簡単な補助作業も任されるようになった。熱した金属をトングで掴んで金床へ運んだり、ボルガンさんの指示に合わせて特定の箇所を小さな槌で叩いたり。
「おい、そこの部分、もう少しだけ薄くしろ。均一にな」
「はい!」
カン、カン、カン…
言われた通りに槌を振るう。力が入りすぎても、弱すぎてもいけない。均一な厚さになるように、叩く場所と力加減を調整する。集中力が研ぎ澄まされ、自分の体と道具が一体になるような感覚。
「よし、そこまでだ」
ボルガンさんが僕の手元を見て、満足そうに頷いた。
「ふん…筋は悪くない。いや、正直に言えば、驚くほどじゃ。お前、本当に今まで金槌一つ握ったことがなかったのか?」
「はい! ボルガンさんに教えていただくのが初めてです!」
「そうか…。ますます妙な奴じゃな。まあいい、休憩にしろ。ほら、水でも飲め」
ぶっきらぼうに差し出された水差しを受け取り、渇いた喉を潤す。ボルガンさんの態度は相変わらずだが、以前のような「素人扱い」ではなく、どこか弟子を見るような、あるいは興味深い生き物を見るような、そんな眼差しが混じっている気がした。
戦闘のスリルとは違う、物を作り上げていく達成感。技術を学び、それが形になっていく喜び。鍛冶の世界は、僕が思っていた以上に奥深く、魅力的だった。
(もっと上手くなりたい。いつか、ボルガンさんみたいに…)
そんな思いが、自然と胸に湧き上がってきた。
*
数日が過ぎ、僕は工房での手伝いにすっかり夢中になっていた。冒険者としての活動は、薬草採集などの簡単な依頼をこなす程度にとどめ、多くの時間をボルガンさんの元で過ごした。そのおかげで、【鍛冶】関連のスキルは目覚ましい成長を遂げていた。
そんなある日、ボルガンさんがいつになく真剣な顔で、僕に話しかけてきた。
「おい、若造」
「はい、ボルガンさん」
「お前、そろそろ自分の剣が欲しくないか? いつまでもそんなナマクラを腰にぶら下げていても、いずれ限界が来るぞ」
ドキッとした。確かに、今の剣は安物で、ウルフ相手でも少し心許なかった。ボルガンさんに手入れしてもらってマシにはなったけれど、いずれはもっと良い剣が必要になるだろうと思っていた。
「はい、欲しいです。でも、僕にはまだ新しい剣を買うお金が…」
「金の話ではないわい!」
ボルガンさんは、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。その顔は、普段の頑固な職人の顔とは少し違って見える。
「お前がこれだけ熱心に、しかも驚くほどの速さで儂の仕事を手伝ってくれるんじゃ。その礼と言ってはなんだが…儂が一つ、お前に見合った剣を特別に打ってやろう」
「えっ!? ほ、本当ですか!?」
信じられない申し出に、僕は思わず声を上げた。あのボルガンさんが、僕のために剣を?
「ああ、本当じゃ。ただし!」
ボルガンさんは人差し指を立て、真剣な目つきになった。
「タダでとは言わん。最高の剣には、最高の素材が必要じゃ。材料は、お前自身で調達してこい」
「材料、ですか…」
「それも、そこらの鉄屑じゃ話にならんぞ? 儂を、このボルガンを『これで打ってみたい!』と唸らせるような、特別な素材じゃ。今の貴様の力で入手できる範囲で、最高のものをな!」
特別な素材…。それはきっと、辺境の街中で手に入るようなものではないだろう。深淵の森の奥深くか、あるいは深淵の迷宮の中か…。
「それが出来たら、約束通り、この儂がお前のために、最高の剣を打ってやる! どうじゃ、若造? やってみるか?」
それは、ボルガンさんなりの、僕への期待の表れであり、同時に厳しい試練でもあった。けれど、僕の心は不安よりも、ワクワクする気持ちでいっぱいになっていた。
(ボルガンさんが、僕のために剣を…! それも、僕が見つけてきた素材で!)
最高の剣。それは、今の僕にとって何よりも魅力的な響きだった。
「はい!」
僕は力強く頷いた。
「分かりました! 必ず、ボルガンさんを唸らせるような最高の素材を、僕自身の力で見つけてきます!」
その言葉に、ボルガンさんは満足そうに頷き、豪快に笑った。
「わっはっは! 言ったな、若造! 楽しみに待っておるぞ!」
オーク討伐とは違う、新たな目標ができた。それは、鍛冶の道と冒険者の道を結びつける、僕だけの挑戦だ。胸の高鳴りを抑えきれず、僕は決意を新たに、工房での作業に戻った。まずは、どんな素材があるのか、情報収集から始めなければ。
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