第8話 ランクの壁と、新たな興味
深淵の森でのウルフ討伐という確かな手応えを得て、僕は翌日、意気揚々と冒険者ギルドへ向かっていた。
昨日の戦闘で、【剣術】や【身体強化】といった戦闘系スキルがレベルアップした感覚があった。今の僕なら、もう少し強い相手…例えば、オークとも戦えるのではないか? そんな期待が胸にあった。
ギルドに到着し、まずは依頼掲示板へ直行する。オークは深淵の森の中域あたりに生息しているはずだ。討伐依頼があれば、受けてみたい。
(あった…! 深淵の森・オーク討伐。推奨ランクC…)
掲示板に貼り出された依頼書の中に、目的のものを見つけた。しかし、推奨ランクは、Cランクと書かれていた。僕はまだDランクだ。
(ダメ元で、エマさんに聞いてみようか…)
淡い期待を抱きつつ、受付カウンターへ向かう。幸い、エマさんはそこにいた。
「おはようございます、エマさん。あの、オーク討伐の依頼についてお聞きしたいのですが…」
「オーク討伐、ですか?」
エマさんは僕の言葉に少し驚いたような表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、手元の資料を確認し始めた。
「深淵の森でのオーク討伐依頼ですね。こちらは危険度が高いため、原則として推奨ランクであるCランク以上の冒険者の方にお願いしております」
「そ、そうですか…。Dランクでは、やはり難しいでしょうか?」
「規則上は、そうなります。…ただし、例外規定もございます。例えば、Bランク以上の冒険者の方からの推薦、あるいは、Dランクでもパーティーを組んでいれば、Dランクの方でも受注が認められるケースはありますが…」
Bランク以上の推薦状…。そんなもの、僕に用意できるはずがない。少し前までポーターだった僕には、パーティを組むのも難しい。
やはり、まだ僕にはオークは早いということか。昨日の成果で少し調子に乗っていたのかもしれない。がっかりして肩を落とした、その時だった。
「フン、何やら身の程知らずな雑魚がいると思えば…貴様か」
横から、傲慢な声が割り込んできた。聞き覚えのある声に振り返ると、そこには昨日ギルドで見かけたエリート冒険者、アレスさんが立っていた。僕を見下した表情をしている。
「スキル無しの出来損ないが、オーク討伐だと? 笑わせるな。貴様のような雑魚がオークに勝てるはずがないだろう。せいぜい、ゴブリンやウルフ相手にまぐれ当たりを狙っているのがお似合いだ」
アレスさんは、僕だけでなく、周囲にいる他の冒険者にも聞こえるような大きな声で言った。周囲から、くすくすという嘲笑や、好奇の視線が突き刺さる。
(スキル無しじゃない…! 僕にだって、スキルはあるんだ!)
喉まで出かかった言葉を、僕はぐっと飲み込んだ。今、ここで反論しても、誰も信じてくれないだろう。それに、僕のスキルはまだ謎だらけで、公にするのは危険すぎる。
「大体、ウルフごときに手間取るようでは、冒険者として話にならん。この俺ならば、群れごと瞬殺だというのに」
アレスさんはふん、と鼻を鳴らし、僕を一瞥すると興味を失ったように立ち去っていった。取り残された僕は、ただ拳を握りしめることしかできなかった。悔しい。ランクの壁も、スキルの壁も、そして何より、いまだに根強い「スキル無し」という偏見も。今の僕には、それを跳ね返すだけの力がまだ足りない。
「……」
エマさんが、黙って僕を見ていた。でも、彼女は何も言わず、ただ静かに次の業務に移った。それが、今の僕の現実だった。
(今は、焦っても仕方ない…できることから、一つずつやっていこう)
オーク討伐は諦め、僕は別の目標に意識を切り替えることにした。そうだ、ボルガンさんの工房へ行こう。剣の相談と、そして…昨日芽生えた、鍛冶への興味。戦闘スキルがダメなら、別のスキルを伸ばすのもいいかもしれない。
*
カン、カン、カン…
ボルガンさんの工房からは、今日も威勢の良い槌の音が響いていた。
「こんにちは、ボルガンさん」
「む、若造か。また来たのか」
炉の前で真っ赤になった鉄塊と向き合っていたボルガンさんが、汗を拭いながらこちらを向いた。
「はい。あの、この前の剣の手入れ、ありがとうございました。切れ味が戻った気がします」
「ふん、当たり前じゃ。儂の手にかかれば、ナマクラだって少しはマシになるわい。で、今日は何の用じゃ? まさか、また手入れか?」
「いえ、その…新しい剣の相談もしたいんですが、実は…鍛冶にも少し興味がありまして」
思い切って切り出した。断られるかもしれない。けれど、あのスキル発現の感覚をもう一度確かめたいという気持ちが強かった。
「もし、何か僕にできるお手伝いがあれば、させていただけないでしょうか? もちろん、無報酬で構いません!」
ボルガンさんは、僕の言葉に怪訝そうな顔をした。
「鍛冶に興味だと? 素人が首を突っ込む世界じゃないぞ。火傷するだけじゃ済まんからのう。それに、儂の仕事は見ての通り忙しい。素人に手伝わせている暇など…」
やはりダメか、と諦めかけた時、ボルガンさんはふと何かを思い出したように、僕の顔をじっと見た。
「…まてよ。お前さん、この前、妙に素材の目利きが良かったな。それに、剣の振り方も、ほんの少しだがマシになっておった。…ふん」
ボルガンさんは顎髭を撫でながら、何か考え込んでいるようだった。そして、ニヤリと笑みを浮かべた。
「まあ、いいだろう。ちょうど、ふいごを扱う人手が欲しかったところじゃ。見てるだけじゃ分からんこともある。やってみるか? ただし、邪魔だけはするなよ! 足手まといになったら、即刻叩き出すからな!」
ボルガンさんからぶっきらぼうに許可をもらうと僕は、お礼を言った。
「は、はい! やらせてください! ありがとうございます!」
こうして、僕はボルガンさんの工房で、鍛冶の見習いのようなことをさせてもらえることになった。
まずは、炉の火力を調整するための「ふいご」の操作からだ。革でできた大きな袋を、一定のリズムで押し引きする。単純な作業に見えるが、火力を安定させるには結構なコツと体力が必要だった。
(これも、経験だ…!)
僕は集中してふいごを操作する。ボルガンさんの指示に従い、火力を上げたり下げたり。単調な作業だが、炉の中で赤々と燃える炎や、熱せられていく金属を見ていると、不思議と飽きなかった。
その間も、頭の中ではスキルが発動している感覚があった。
【筋力制御 Lv.1】
【持久力向上(小) Lv.2】
ふいごを効率よく操作するために、体の使い方が最適化されていくのを感じる。
しばらくして、ボルガンさんは僕に別の指示を出した。
「おい、若造! そこの鉄屑をこっちへ持ってこい! それから、冷却用の水も汲み替えておけ!」
「はい!」
僕は言われた通りに、重い鉄屑を運び、冷たい水を桶に満たす。これも、ポーター業務で培った経験が生きているのかもしれない。
そして、ボルガンさんの作業を間近で見る機会も得られた。真っ赤に焼けた鉄を金床の上に乗せ、自在に槌を振るう姿。火花が飛び散り、金属が形を変えていく様は、まるで魔法のようだった。その無駄のない動き、的確な力加減、熱せられた鉄の色を見極める鋭い目…。
僕は食い入るように、その全てを目に焼き付けようとした。
【鍛冶(観察) Lv.1】→ Lv.2
【鍛冶(基礎) Lv.1】→ Lv.2 → Lv.3
見ているだけではない。ふいごを扱い、素材を運び、師の技術を間近で観察し、その意味を考え、理解しようと努める。その全てが、僕の中で【鍛冶】スキルとして急速に形になっていくのを感じた。レベルが上がるごとに、ボルガンさんの言っていることや、やっていることの意味が、より深く理解できるようになっていく。
「おい、若造。さっき儂が打ってたやつの形、覚えてるか?」
「はい。確か、剣の柄の部分の補強材でしたよね? 少し湾曲させて、強度を出すための…」
「ほう…見てたのか。よし、ならそこの鉄棒を、それと同じように軽く曲げてみろ。力加減を間違えるなよ」
「は、はい!」
緊張しながら、渡された鉄棒を金床に乗せ、小さな槌で叩く。ボルガンさんの動きを思い出しながら、慎重に、しかし的確に力を込める。
カン、カン…
数回叩くと、鉄棒は指示された通りの緩やかなカーブを描いた。
「…ふん。まあ、初めてにしては上出来じゃな」
ボルガンさんは僕の仕事を見て、少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐにいつものぶっきらぼうな表情に戻った。
「お前、本当に鍛冶は初めてか?」
「は、はい! もちろんです!」
「ふん…妙な奴じゃな…」
ボルガンさんはそう呟くと、再び自分の仕事に戻っていった。けれど、その横顔は、どこか面白がっているようにも見えた。
結局、その日は夕方まで工房で手伝いをさせてもらった。体はくたくただったけれど、心は不思議な充実感で満たされていた。戦闘だけじゃない。物を作る、技術を学ぶということも、こんなに面白くて、スキルを成長させられるんだ。僕の世界が、また少し広がった気がした。
*
「木漏れ日亭」に戻ると、ちょうど中庭でリズさんが洗濯物を取り込んでいるところだった。
「あ、カイト兄! おかえりー! 今日は鍛冶屋さんに行ってたんだって?」
どこで聞きつけたのか、彼女は僕の行動を知っていたらしい。
「うん、ちょっとね。ボルガンさんに色々教えてもらって」
「へー! すごいじゃん! ね、今度あたしにも何か作ってよ! 可愛い髪飾りとか!」
「えっ、いや、僕なんてまだ全然…」
「いいからいいから! 約束だよ!」
リズは屈託なく笑う。その笑顔に、工房での疲れも少し和らぐ気がした。
僕は汗を流すために、中庭の隅で軽く素振りを始めた。今日の工房での経験で、体の使い方が少し変わった気がする。それを確かめたかった。
「あ、カイト兄! また練習? 熱心だねー!」
リズが、興味津々な様子で僕の素振りを見ている。
「ね、あたしにも何か教えてよ! ほら、最近物騒だからさ、護身術とか!」
「えっ、僕がリズに教えるなんて、そんな…」
「いいじゃんいいじゃん! お願い! ちょっとだけでいいからさ!」
彼女の勢いに押し切られる形で、僕は簡単な護身術の基本動作…相手に掴まれた時の手の振りほどき方や、受け身の取り方などを教えることになった。人に何かを教えるなんて初めての経験だ。
「こうやって、相手の力を利用して…」「受け身は、頭を打たないように、丸くなる感じで…」
緊張しながら説明する僕に、リズは「ふんふん」と真剣な顔で頷いている。
(人に教えるって、難しいな…でも、これも経験だ)
【指導(初級) Lv.1】
また新しいスキルが生まれた感覚。本当に、あらゆる経験が力になるらしい。
リズは思ったよりも飲み込みが早く、すぐに基本的な動きをマスターした。
「へへーん、どう? あたし、結構才能あるんじゃない?」
「うん、すごいよ、リズ。すぐに覚えたね」
「えへへ、まあね! それにさ、カイト兄、教え方もうまいじゃん!」
「そ、そうかな…?」
「うん! なんかさ、前よりもずっと頼りがいがあるっていうか…うん、かっこよくなったよ!」
リズは、悪戯っぽく笑いながら、僕の顔を覗き込んできた。そのストレートな褒め言葉に、僕の顔はカッと熱くなる。
「か、からかわないでよ…」
「からかってないよー、本当のことだもん!」
夕焼けの光の中で笑う彼女の顔が、やけに眩しく見えた。
アレスに馬鹿にされた悔しさも、ボルガンさんの工房での充実感も、そして今、リズに褒められた嬉しさも。その全てが、僕の中で混ざり合って、胸の奥を温かくしていた。
スキル無しだと卑屈になっていた昨日までの僕とは、少し違う。
ほんの少しだけ、自分に自信が持てたような気がした。
明日は、何をしようか。
鍛冶の手伝いを続けるのもいい。森へ行って、戦闘スキルを上げるのもいい。
できることが増えた分だけ、選べる未来も増えた。それは、とても素晴らしいことのように思えた。
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