第7話 広がる波紋と、次なる目標

深淵の森からフロンティアの街へ戻る道のりは、行きとは比べ物にならないほど足取りが軽かった。ウルフとの激闘による疲労は確かにある。けれど、それ以上に、自分の内に宿った確かな力への実感と、それを自らの手で証明できたという達成感が、僕の全身を満たしていた。


とはいえ、みすぼらしい姿であることには変わりない。森での戦闘で革鎧は泥に汚れ、あちこちに擦り傷がついている。剣だって、ウルフの硬い骨とぶつかったせいか、少し刃こぼれしているかもしれない。それでも、大きな怪我もなく、こうして無事に帰ってこれた。それが何よりも重要だった。


東門をくぐり、街の中を歩いてギルドへ向かう。太陽は既に高く昇り、多くの人々が行き交っていた。すれ違う商人や住民たちは、僕の汚れた姿を一瞥するだけで、特に気にする様子はない。冒険者が泥まみれで帰ってくるのは、この街では日常風景なのだろう。


しかし、冒険者ギルドに足を踏み入れた途端、空気が少し変わった気がした。

ギルド内は昼時のピークを過ぎ、少し落ち着きを取り戻していたが、それでも多くの冒険者が酒場で飲んだり、掲示板を眺めたりしていた。彼らの視線が、僕が入ってきた途端、こちらに向けられるのを感じた。


「おい、見ろよ…あれ、カイトじゃないか?」

「本当だ。なんだ、あの格好。森帰りか?」

「まさか。あのスキル無しのカイトが、一人で森に?」

「いや、でも…背負ってる袋、パンパンじゃねぇか? 中身、なんだ?」


ひそひそとした囁き声が、あちこちから聞こえてくる。特に、僕と同じような低ランクの冒険者や、以前僕がポーターをしていた頃を知る者たちは、信じられないというような目で僕を見ていた。


(やっぱり、目立つよな…)


仕方がないことだとは思う。昨日まで荷物運びしかしていなかった僕が、森での戦闘を終えたような姿で、しかも獲物らしきものを詰めた袋を背負って現れたのだから。好奇の目に晒されるのは覚悟の上だった。


僕は努めて平静を装い、彼らの視線を振り払うようにして、受付カウンターへと真っ直ぐに向かった。


カウンターには、今日もエマさんがいた。僕の姿を見ると、彼女はほんのわずかに目を見開いたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。

僕は、エマさんの前行き、


「常設依頼の深淵の森のウルフ討伐、Eランク依頼があったと思うんですが、無事に完了したので、報告をしたいのですが・・・」


と伝えると、

僕はカウンターの上に、採取した癒し草などが入った袋と、討伐証明であるウルフの牙と毛皮を置いた。血抜きなどの処理は最低限しかできていないが、証拠としては十分なはずだ。


エマさんは手袋をはめ、提出されたものを一つ一つ丁寧に確認していく。彼女の視線が、まずウルフの素材に向けられた時、その動きが一瞬止まった。


「…カイト様、ウルフは複数体分あるようですが・・。」


静かな声だったが、その問いには明確な驚きと、そして確認するような響きが含まれていた。


「はい。三体、討伐しました」

「…三体。それと、こちらの薬草は…癒し草、ですか。しかも、非常に状態が良い。これを全て、カイト様お一人で?」


エマさんの視線が、僕の目をまっすぐに射抜く。まるで、嘘をついていないか確かめるように。


「は、はい。その…運が良かったんだと思います。たまたま、ウルフの群れが小さいところに遭遇して…薬草も、偶然見つけやすい場所に生えていただけです」


自分でも苦しい言い訳だと分かっていた。けれど、スキルのことなど話せるわけがない。


エマさんは僕の言葉に頷きも否定もせず、黙々と素材の検分と薬草の鑑定を進めていく。その沈黙が、かえって僕の心臓を早鐘のように打たせた。何か、見抜かれているのではないか。


しばらくして、エマさんは顔を上げ、僕に向き直った。


「素材、薬草ともに確認いたしました。状態も良好です。素晴らしい成果ですね、カイト様」


その言葉は称賛のはずなのに、どこか感情が乗っていないように聞こえた。


「先日のゴブリン討伐に続いて、ウルフ討伐ですか、何か、特別な訓練でもされているのですか? それとも…ギルドでの最初の鑑定では見つからなかったスキルが、最近になって発現した、とか…?」


来た。やはり探りを入れてきた。僕は内心の動揺を悟られまいと、必死に平静を装った。


「い、いえ! そんな、特別なことなんて何も…。ただ、父から教わった基礎訓練を、地道に続けているだけですよ。本当に、運が良かっただけなんだと思います」


「そうですか…」


エマさんはそれ以上は追及せず、報酬の計算を始めた。けれど、彼女の僕を見る目は、明らかに以前とは違っていた。好奇心と、そして強い疑念の色が浮かんでいる。


「依頼達成報酬、ウルフ素材買い取り、薬草買い取り…合計で、銀貨28枚と銅貨50枚になります」


提示された金額に、僕は再び息を呑んだ。銀貨28枚…! 昨日稼いだ額の、約10倍近い。Eランク依頼一つで、これほどの報酬が得られるとは。これも、質の良い癒し草や、状態の良いウルフの素材があったからだろう。スキルのおかげで、採集も剥ぎ取りも上手くいった結果だ。


(この力があれば、お金の心配も減る…。もっと良い装備も買えるし、スローライフの資金だって…)


スキルの有用性と可能性を改めて実感し、胸が高鳴る。同時に、この力が公になった時、一体どうなるのだろうかという不安も、拭い去ることはできなかった。


「ご確認ください」

「は、はい! ありがとうございます!」


僕は少し震える手で、ずっしりと重い報酬を受け取り、革袋にしまった。

「失礼します」とだけ言って、足早にカウンターを離れる。


「カイトさん、少々おまちください。」

エマさんが帰ろうとした僕に声をかけてくる。

「カイトさんは、先日のゴブリンと今回のウルフ討伐に成功されたため、Dランクへ昇級させて頂きます。」


その言葉に、最初、理解が及ばず、

「昇級?僕でしょうか?」

と思わず確認すると。相変わらずの抑揚のない表情をしながら、


「カイトさんは今日からDランクです。」


「そうですか・・。ついに僕も」

「ありがとうございます!」


と感謝の言葉をエマさんに伝えると、

「おめでとうございます。頑張りが認められましたね。」

とこの時ばかりは、にこりと笑顔を見せてくれた。


うれしさと、若干の恥ずかしさから、

ギルドから、足早に出ようとしたところ、

エマさんの視線が、背中に突き刺さっているような気がした。


カウンターから離れた場所で、エマさんが小さくため息をつき、何かを決意したようにペンを取る姿が、視界の端に映った気がした。


(やっぱり、何か報告されるんだろうな…)


不安を抱えつつも、今はどうすることもできない。僕はギルドの出口へと向かった。



僕がギルドを去った後も、中の喧騒は続いていた。そして、その喧騒の中心には、いつの間にか僕の噂があった。


「おい、聞いたか? さっきのカイトのやつ、本当にウルフを三体も狩ってきたらしいぜ!」

「マジかよ!? あのスキル無しのポーターが?」

「しかも、Dランクだとよ。万年Eランクのポーターが」

「しかも、癒し草までごっそり採ってきたって話だ」

「信じられねぇ…何か隠し持ってたのか? 特殊なアイテムとか…」

「それか、実は強力なスキル持ちだったとか?」


酒場のテーブルでは、そんな会話が交わされていた。その一角で、ザックとブレンダも苦虫を噛み潰したような顔で酒を呷っていた。


「はぁ!? カイトがあのウルフを!? 馬鹿言え、まぐれに決まってる!」


ザックが悪態をつく。しかし、周囲の冒険者たちの会話や、チラッと聞こえてきた報酬額の話(銀貨28枚という数字は、低ランク冒険者には衝撃的な額だ)に、彼の顔からは余裕が消えていく。


「そうよ、絶対何かズルしたのよ! あんなスキル無しの雑魚が、私たちより先にウルフを狩るなんてありえないわ! きっと、誰か強い冒険者に手伝ってもらったに違いないわ!」


ブレンダもヒステリックに同意するが、その声には焦りの色が隠せない。かつて自分たちが散々見下し、利用してきた相手が、自分たちよりも大きな成果を上げている。その事実が、彼らのプライドを粉々に打ち砕こうとしていた。


そんなギルド内の騒ぎを、二階のオフィスからか、一人の老人が静かに見つめていた。ギルドマスター、バルガスだ。彼は特に何かを言うでもなく、ただ静かに、カイトという存在が投じた波紋の広がりを観察しているようだった。その口元には、かすかな笑みが浮かんでいるようにも見えた。



木漏れ日亭の自室に戻った僕は、机の上に今日の報酬を広げていた。銀貨28枚と銅貨50枚。これが、僕が稼いだお金だ。


ついにDランクになった。達成感はある。けれど、同時に、自分の力がもたらす影響への不安が心をよぎる。ギルドでの噂、エマさんの疑念…。まだ、だれも僕のスキルについては、知らないはずだが、このスキルが知られれば、平穏な生活は送れなくなるかもしれない。


(でも…悩んでもしょうがない)


僕は頭を振って、ネガティブな思考を追い払った。今は、自分の力を理解し、それを伸ばすことに集中しよう。不安に怯えるよりも、できることをやる方がずっと建設的だ。力をつければ、誰かにちょっかいを掛けられることもなくなるはずだ。


ベットの上で、深呼吸して、

今日の戦闘で得た経験と、自覚したスキルを、頭の中で整理していく。


【剣術(基礎)Lv.1】→ Lv.2になった気がする。ウルフとの戦闘経験が大きい。

【身体強化(微弱)Lv.1】これも、戦闘中に何度か発動した感覚があった。レベルアップしたかは不明。

【索敵(低)Lv.1】→ Lv.2? 森での探索と戦闘で、気配を探る意識が高まった。

【隠密(低)Lv.1】これもレベルアップしたかも?

【剥ぎ取り Lv.1】新たに自覚。ウルフの素材を剥ぎ取った経験からだろう。

【薬草知識(初級)Lv.2】癒し草の発見・採取でレベルアップを実感。

【危機察知(低)Lv.2】これも戦闘で成長したはずだ。

【鍛冶(観察)Lv.1】これは昨日ボルガンさんの工房で。


(こうして見ると、本当に色々なスキルが身についているんだな…)


まるでゲームのキャラクターみたいだ、と苦笑する。レベルがあって、経験によって成長して、新しいスキルを覚えていく。


(経験すればするほど、スキルが増えて、レベルも上がる…。僕の体は、まるで経験を自動でスキルに変換する装置みたいだ)


僕は、その時はまだ【自動学習】という根源的なスキルの存在には気づいていなかったが、「経験=スキル成長」という法則性は、もはや疑いようのない事実として僕の中にあった。


(この力を伸ばすには…もっと色々な、質の高い経験が必要だ)


今日のウルフ戦は、良い経験になった。次は、もっと強い相手と戦ってみたい。深淵の森の、もう少し奥へ…。オークとも戦ってみたい。彼らの知識もスキルになったし、【剣術】や【身体強化】のレベルをもっと上げられるかもしれない。


それから、ボルガンさんのところで感じた【鍛冶】スキルも気になる。もし、観察するだけでスキルが身につくなら、他の職人の仕事を見たり、本を読んだりするだけでも、色々なスキルが手に入るんじゃないだろうか?


(そうだ、新しい剣も欲しいな。ウルフ討伐で剣が欠けていると、次の依頼を受けるには心許ないかもしれない)


やるべきこと、やりたいことが、次から次へと浮かんできた。それは、昨日までの僕では考えられなかったことだ。


自己肯定感、という言葉がある。僕は今まで、その言葉とは無縁だった。けれど今、自分の内に秘められた可能性を感じて、ほんの少しだけ、自分を肯定できるような気がしていた。


もちろん、不安が消えたわけじゃない。でも、それ以上に、未来への期待が大きくなっていた。


「よし…!」


僕は立ち上がり、窓の外を見た。夕焼けが空を赤く染めている。

明日は、まずギルドでCランク依頼(オーク)に関する依頼がないか探してみよう。

自分のランクの一つ上のランクの依頼であれば、受けれるはずだ。

それから、ボルガンさんの工房にもう一度行ってみるのもいいかもしれない。


僕の冒険は、確かに動き出したのだ。

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