第5話 スキルの輪郭と、次への一歩
翌朝、僕はいつもより少し早く目が覚めた。
窓から差し込む朝日が、部屋の床を淡く照らしている。昨夜の興奮と混乱がまだ頭の中に残っていて、あまり熟睡できなかったのかもしれない。
(確かめないと…)
僕は、検証するために、眠る前にあることをやっていた。
父から譲り受けた古い剣術指南書に載っていた、ごく基本的な防御の型「受け流し」の反復練習。
そして、モンスター図鑑の「オーク」に関するページを、読み込むことを・・。
もし、昨日のあの不可解な現象が、僕の経験や学習と関連しているのなら…。
僕は、ゆっくりとベッドから起き上がり、部屋の隅に立てかけてある木剣を手に取り、深呼吸を一つ。そして、昨夜練習した「受け流し」の型を、意識を集中して行ってみる。
すっ、と体が自然に動いた。
剣を滑らせ、相手の攻撃を受け流す軌道。昨日までなら、ぎこちなさが抜けなかったはずの動きが、驚くほど滑らかに、淀みなく行える。まるで、長年この型を練習してきた熟練者のように。
(やっぱり…!)
確信に近い感覚が胸を打つ。昨日よりも、さらに動きが洗練されている。寝ている間に、昨夜の練習が完全に体に馴染んだかのようだ。
次に、オークについて思い浮かべてみる。緑色の肌、屈強な体躯、豚のような顔、主な武器は棍棒や手斧、弱点は…首筋と脇腹。集団で行動し、単純だが力強い攻撃を仕掛けてくる…。
昨日読み込んだ情報が、まるで映像のように、よどみなく頭の中に流れ込んでくる。これはもう、単なる記憶力が良いというレベルではない。完全に「理解」している感覚だ。
そして、その瞬間。
剣を構えた時、オークの情報を思い出した時、僕の意識の中に、再びあの奇妙な文字が浮かび上がった。昨日よりも、ほんの少しだけはっきりと。
【剣術(基礎) Lv.1】
【モンスター知識(オーク) Lv.1】
(レベル…? やっぱりスキルなんだ…! しかも、レベルが上がったりするのか…?)
混乱が頭を支配する。スキル。レベルアップ。それは、強力なギフトスキルを持つ選ばれた冒険者たちの話だと思っていた。スキル無しの僕に、なぜ? しかも、こんな…努力や経験に応じて成長するようなスキルなんて、聞いたことがない。
(幻覚なんかじゃない。これは、現実に僕の身に起きていることなんだ)
理由は分からない。でも、この変化は紛れもない事実だ。
(だとしたら、この力のことをもっと知りたい。スキルって、どういうものなんだろう?)
知りたいという強い衝動に駆られ、僕は木漏れ日亭を飛び出し、冒険者ギルドへと向かった。
*
ギルドの受付カウンターには、幸いにもエマさんがいた。周囲に他の冒険者が少ないタイミングを見計らって、僕は意を決して声をかけた。
「あ、あの、エマさん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが…」
「はい、カイト様。どのようなご用件でしょうか?」
エマさんはいつも通り、冷静な表情でこちらを見る。
「えっと、その…スキルについてなんですけど。スキルって、後から新しく発現したり、成長したりすることって、あるんでしょうか? 」
できるだけ、自分のことだと思われないように、一般論として尋ねると、
エマさんは、少し間を置いてから、事務的な口調で答えた。
「…後天的スキル発現、およびスキルの成長、ですか」
「極めて稀な事例ではありますが、伝承や古い文献に、そういった記述があった気がします。大きな試練を乗り越えた際や、特殊なアイテム、あるいは神々の加護などによって、新たなスキルが発現したり、既存のスキルが進化したりするという話だったかと思います。」
「ただし、それらはあくまで例外中の例外です。一般的に、冒険者が持つギフトスキルは先天的なものであり、成長しないものと認識されています」
やはり・・・。自分の認識はあっている・・・。
エマさんの説明を聞いて、ますます自分の状況が異常なのだと思い知らされる。
「カイトさん、何かありましたか?」
自分に起きている状況を思い返しながら考え込んでいると、エマさんが興味深そうに聞いてきた。
「あ、なんでもないです。ちょっと、気になっただけなので」
僕がそそくさと話を切り上げようとすると、エマさんはさらに言葉を続けた。
「カイト様、もし何かスキルに関するお悩みがあるのでしたら、ギルドでは信頼できる鑑定士を紹介することも可能です。専門家に見てもらうことで、何か分かるかもしれませんよ?」
その言葉は、親切心からかもしれない。けれど、僕にはまるでカマをかけられているように聞こえた。エマさんは、僕の昨日のクエストの結果と、今の質問を結びつけて考えているのかもしれない。
「い、いえ! 本当に大丈夫です! ただの好奇心ですから! では、これで失礼します!」
僕は慌てて否定し、半ば逃げるようにして受付カウンターを離れた。背中に感じるエマさんの視線が、強く感じられた。
(まずい…怪しまれてる…のか)
ギルドでこれ以上情報を得るのは難しそうだ。それに、僕のこの力がギルドに知れたら、どうなるんだろう? 珍しいスキル持ちとして利用されるのか? それとも、不気味な存在として排除されるのか? 不安が胸をよぎる。
*
ギルドでの収穫はなく、むしろ自分におきていることが、分からなくなった状況に少し落ち込んだ。ただ、いつまでもわからないことを考えていてもしょうがないので、気分転換を兼ねて、ボルガンさんの工房に向かうことにした。
昨日の報酬で、少しお金にも余裕ができた。そろそろ、この安物の剣も手入れしてもらうか、あるいはもう少しマシな中古品でも探してみようか。
工房の扉を開けると、カンカン、という金属を打つ小気味よい音と、熱気が迎えてくれた。
「よう、若造。また来たか」
炉の前で汗を流していたボルガンさんが、ちらりとこちらを見て言った。相変わらずのぶっきらぼうさだ。
「こんにちは、ボルガンさん。あの、剣の手入れをお願いしたいのと、何か手頃な中古の剣があれば見せていただけないかと思いまして」
「ふん、そのナマクラにも愛着が湧いたか? まあいい、見せてみろ」
僕は腰の剣を渡し、ボルガンさんがそれを受け取って検分する。
「ほう…? 少しはマシな振り方になってきたようじゃな。刃こぼれも、以前よりは少ない。だが、まだまだだ! こんな剣じゃ、オークの皮一枚斬れるかどうか怪しいわい!」
手厳しい評価だけど、以前は「話にならん」と一蹴されていたことを思えば、これも進歩なのかもしれない。
「えっと、それで、何か中古で良いものは…」
「そう急かすな。まずはこいつの手入れからじゃ」
ボルガンさんはそう言うと、僕の剣を砥石に当て、慣れた手つきで研ぎ始めた。シャッ、シャッ、というリズミカルな音。真剣な眼差しで刃を見つめる横顔は、まさに職人そのものだ。僕はその無駄のない動きに、思わず見入ってしまった。
どうやって力を入れれば効率よく研げるのか、刃の角度は、砥石の使い方は…。無意識のうちに、彼の技術を観察し、分析しようとしていた。
その時、またあの感覚が来た。
【鍛冶(観察) Lv.1】
(まただ…! 見ているだけでも、スキルになるのか…?)
驚きと共に、ある仮説が僕の中で形になり始めていた。
*
今まで使っていた剣はボルガンさんに手入れをしてもらい新品同様になったこともあり、結局、中古の剣は買わずに工房を後にした。
手入れされた剣は、心なしか前よりも手に馴染む気がする。
「木漏れ日亭」の自室に戻り、僕はベッドに寝転んで考えを整理していた。
今日の出来事を振り返る。
朝の剣術と知識の定着。ギルドでのエマさんとの会話。そして、ボルガンさんの工房での「観察」によるスキルらしきものの発現。
バラバラだった点が、少しずつ線で繋がり始めている気がした。
(僕のスキルは…僕が経験したこと、努力したこと、学んだこと、もしかしたら、見たことや聞いたことさえも…全部、自動的に力に変えてくれるんじゃないだろうか?)
ポーター業務での反復作業が【筋力】や【持久力】に。
毎日の素振りが【剣術】に。
図鑑の読み込みが【モンスター知識】に。
ボルガンさんの仕事を見ただけで【鍛冶】のスキルが…。
(経験から…学ぶ…? 自動的に…?)
【自動学習】
まだ、その言葉には辿り着かない。けれど、僕の身に起きている現象の本質は、きっとそういうことなんだろう。全くの偶然や幸運ではなく、僕自身のこれまでの行動が、何らかの形でこの力と結びついている。
そう考えると、今まで無駄だと思っていた努力や、辛いだけだった経験が、全て意味を持っていたのかもしれないと思えてきた。それは、僕にとって大きな、本当に大きな救いだった。
(スキル無しなんかじゃなかったんだ…僕にも、力があったんだ!)
もちろん、この力が何なのか、どういう仕組みなのか、まだ全く分からない。危険なものかもしれないし、何か代償があるのかもしれない。今後、僕を疑う人も出てくるだろう。
それでも。
この力が、僕自身の行動の結果なのだとしたら。
(もっと、試してみたい…!)
自分の可能性を試したいという気持ちが、不安を上回って湧き上がってきた。今まで諦めていたことが、できるようになるかもしれない。スローライフだって、夢じゃないかもしれない。
「よし…!」
僕は小さく拳を握った。
次は、もう少し難しい依頼に挑戦してみよう。エルニー平原よりも手強いモンスターがいる、深淵の森。オークや、もしかしたらオーガもいるかもしれない。薬草だって、リリ草だけじゃなく、もっと色々な種類を探してみよう。
今の僕なら、できるかもしれない。
いや、この力があれば、きっとできるはずだ。
自己評価の低さは、まだすぐには無くならないだろう。不安だって常にある。
けれど、確かな一歩を踏み出すための決意が、僕の中に芽生え始めていた。
明日、僕はギルドに行って、深淵の森への依頼を探そう。
僕の本当の冒険は、ここから始まるのかもしれない。
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