第3話 平原の違和感と、意図しない剣閃

翌朝、僕は少しだけ緊張しながら冒険者ギルドの門をくぐった。


今までのように、ザックとパーティを組んでいたら、先はない。

ザックたちのようなパーティーに頼らず、自分の力だけで依頼をこなさなければならない。…まあ、僕にできることなんて限られているけど。


受付カウンターには、今日もエマさんがいた。


「おはようございます、カイト様。本日のご依頼は?」

「おはようございます、エマさん。えっと、エルニー平原での薬草採集をお願いします。それと、もし可能なら、ゴブリンを数体ほど…」


自分で言っていて、少し不安になる。ポーターしかしてこなかった僕に、魔物の討伐なんてできるだろうか。


「承知いたしました。エルニー平原での薬草『リリ草』5株の採集、およびゴブリン3体の討伐依頼ですね。ランクはEになりますが、よろしいですか?」

「は、はい! それでお願いします!」


エマさんは手早く書類を作成し、依頼書を渡してくれた。その表情はいつも通り事務的だったけれど、最後に「どうか、ご無理なさらないように」と小さな声で付け加えてくれた気がした。気のせいかもしれないけど、少しだけ勇気をもらえた気がする。


ギルドを出て、フロンティアの街の南門をくぐり、エルニー平原へと続く道を歩き出す。

見渡す限りの草原が広がる、のどかな場所だ。…比較的、だけど。


歩きながら、昨日感じた体の軽さがまだ続いていることに気づく。足取りが軽い。いつもならこの辺りで息が上がってくるはずなのに、全然疲れていない。むしろ、もっと速く走れそうな感覚さえある。


(やっぱり、気のせいじゃない…? でも、なんでだろう)


首を傾げながらも、足を止めずに進む。目的の薬草「リリ草」は、少し湿った場所に生えているはずだ。昨日、図鑑で確認した知識が、なぜか鮮明に思い出せる。


「あ、あった…!」


道の脇、少し窪んだ場所に、白い小さな花をつけたリリ草が群生しているのを見つけた。図鑑で見た通りの形だ。慎重に根元から5株ほど採取し、持ってきた袋に入れる。その時。


(鑑定…?)


一瞬、頭の中にそんな言葉が浮かんだような気がした。まるで、目の前のリリ草にラベルが貼られているかのように。


「…気のせい、か」


目をこすってみるが、もちろん何も見えない。最近、疲れているのかもしれないな。


薬草採集を終え、今度はゴブリンを探すことにした。Eランク依頼のノルマは3体。平原を少し歩き回れば、見つかるだろう。

そう思って茂みに近づいた、その瞬間だった。


「ギャッ!」「ギギッ!」


低い唸り声と共に、緑色の小さな影が3つ、茂みから飛び出してきた! ゴブリンだ!

手には粗末な棍棒を持っている。数は3体。まずい、囲まれた!


「うわっ!」


慌てて腰の安物の剣を抜く。心臓が早鐘のように打つ。どうしよう、訓練はしてきたけど、実戦なんてほとんど経験がない。ポーター業務中は、戦闘はザックさん任せだったから…。


ゴブリンの一体が、奇声を上げて棍棒を振りかぶってくる!

(避けなきゃ!)

そう思った瞬間、僕の体は勝手に反応していた。


ひらり、と軽いステップで棍棒をかわす。自分でも驚くほどスムーズな動きだった。

そして、そのまま流れるように剣を振るう。


ザシュッ!


鈍い手応え。ゴブリンの腕に、浅いが一筋の傷が入った。


「ギィ!?」


ゴブリンが怯んだ隙に、僕はさらに踏み込む。なぜか、体が次にどう動けばいいかを知っているような感覚があった。昨日、何度も繰り返した素振りの動きが、自然と再現される。


ヒュン、と剣が空を切る。それは決して速いわけではない。でも、無駄がない。的確にゴブリンの急所を狙っているような動き。


「ギャッ!」「ギギッ!?」


あっという間に、残りのゴブリンも剣で切り伏せていた。信じられないことに、僕はほとんど息も上がっていない。まるで、簡単な訓練でもこなしたかのような感覚だ。


地面に転がる3体のゴブリンを見て、僕は呆然と立ち尽くした。


(今の動きは…何だ?)

(僕が…やったのか?)


手に持った剣が、やけに軽く感じられる。自分の体なのに、まるで自分のものではないような、奇妙な感覚。


努力の成果だ、と言うには、あまりにも出来すぎている。昨日までとは明らかに違う、この身軽さ、動きの滑らかさ、そして知識の定着具合。


これは、本当に僕自身の力なのだろうか?


答えの出ない疑問が、頭の中をぐるぐると回り始めた。エルニー平原の穏やかな風が、やけに冷たく感じられた。

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