第4話 限界を超えて
アリスとマリーの共犯関係は、血と快楽の儀式を重ねるごとに、もはや引き返せない地点へと二人を誘っていた。主従の関係性は歪んだ形で残りつつも、その根底には、互いの倒錯した欲望を認め合い、増幅させ合うという、濃密で危険な共生関係が築かれ始めていた。マリーはアリスの秘密を握る支配者であり続けながらも、アリスを単なる被虐の対象としてだけではなく、自らの暗黒面を映し出し、共に深淵を覗き込む唯一無二のパートナーと見なし始めていた。アリスもまた、マリーへの恐怖と屈従の中に、抗いがたい性的興奮と、禁断の行為を共有する共犯者への倒錯的な愛情を感じずにはいられなかった。
城での穏やかな日々は、彼女たちの秘密を隠すための、薄っぺらなヴェールに過ぎなかった。真実の彼女たちは、夜ごと(あるいは白昼夢の中で)、次の儀式への渇望を募らせていた。
ある晴れた日の午後、マリーはアリスの部屋を訪れた。その手には何も持っていなかったが、その瞳は、新たな計画の発見者のように、爛々と輝いていた。
「アリス様、素晴らしい提案がございますの」
その声は、甘美な毒のようにアリスの耳朶を打った。
「今宵…いえ、明日の白昼、特別な場所で、特別な『お祝い』をいたしませんこと?」
「特別な場所…? お祝い…?」
アリスは訝しげに聞き返した。マリーの言う「特別」は、常に常軌を逸した何かを意味した。
「ええ。いつもの物置では、少々、手狭になってまいりましたでしょう?」
マリーは悪戯っぽく微笑んだ。
「城の東の端に、忘れられた温室があるのをご存知かしら? かつては珍しい花々が咲き誇っていたという、硝子張りの美しい場所…今はもう、誰も訪れる者もおりませんが」
忘れられた温室。アリスもその存在を知っていた。陽光が降り注ぎ、蔦の絡まる、どこか儚げで美しい場所。
「そこで、アリス様。私たち二人きりで、白日の下に、全てを曝け出すのです」
マリーの言葉に、アリスは息を呑んだ。全てを曝け出す。それは、物理的な意味だけではないだろう。
「そして、お祝いの『主役』も、ご用意いたしましたわ」
マリーは声を潜め、しかし興奮を隠しきれない様子で続けた。
「城で飼育しているモルモット…少し増えすぎましてね。それに、少々毛並みのよろしくない子が数匹…『処分』対象だそうですの」
モルモット。ハムスターよりも大きく、そして、より「生き物らしい」重みと抵抗を持つであろう存在。アリスは、マリーが何をさせようとしているのかを悟り、眩暈を覚えた。しかし、同時に、体の奥底から、じわりと熱いものが込み上げてくるのを感じていた。より強い刺激、より大きな背徳。マリーは、それを知っていて、用意したのだ。
「物置の薄闇ではなく、燦々と降り注ぐ陽光の下で…硝子の壁に囲まれた、まるで舞台のような場所で…アリス様と私、二人きり…生まれたままの姿で…」
マリーの瞳は、陶酔したように潤んでいた。
「互いの全てを見つめ合いながら…新しい命を…足元で感じ、終わらせるのですわ。これ以上の祝祭がありましょうか?」
狂っている。アリスはそう思った。しかし、その狂気に、自分自身もまた、強く惹きつけられていることを否定できなかった。マリーの提案は、恐怖であると同時に、抗いがたい魅力を持っていた。
「…わかったわ、マリー。あなたが、そこまで言うのなら…」
アリスは、震える声で承諾した。マリーは、アリスの手を取り、恍惚とした表情で囁いた。
「明日の正午。温室でお待ちしておりますわ、アリス様。最高の『装い』で…もちろん、私も」
最高の『装い』。それは、互いに裸体となり、それぞれの「武器」である靴だけを身につけることを意味していた。
翌日の正午。燦々と降り注ぐ太陽の光が、城の忘れられた一角にある古い温室を、容赦なく照らし出していた。硝子の天井と壁は埃に覆われながらも光を通し、内部には伸び放題になった南国の植物や、枯れた鉢植えが散乱している。かつての栄華を偲ばせる、退廃的で、どこか物悲しい美しさを湛えた空間。しかし、今日、この場所は、二人の女のための、倒錯的な祭壇と化そうとしていた。
アリスとマリーは、人目を忍んで温室にたどり着いた。マリーは、麻袋に入れた数匹のモルモットを抱えている。温室の中は、むっとするような草いきれと、埃の匂いが混じり合っていた。陽光が硝子を通して降り注ぎ、床のタイルには、植物の影が複雑な模様を描いている。
「さあ、アリス様、始めましょう」
マリーは、温室の中央、比較的開けた場所に立つと、アリスに向き直った。その目は、期待と興奮で爛々と輝いている。二人は互いを見つめ合いながら、ゆっくりと衣服を脱ぎ始めた。アリスは純白のサテンドレスを、マリーは実用的な侍女服を。下着も全て取り払い、やがて、二人は生まれたままの姿となった。
陽光が、二人の裸体を惜しげもなく照らし出す。アリスの、まだ若々しさを残す滑らかな白い肌。マリーの、侍女としての労働で引き締まった、少し日に焼けた肌。互いの羞恥心を煽るように、視線が絡み合う。しかし、その羞恥心すら、これから始まる儀式への、スパイスでしかなかった。
最後に残されたのは、足元の靴だけだった。アリスは、いつもの真っ白なエナメルのポインテッドトゥパンプス。陽光を受けて、眩しいほどに輝いている。その5センチのピンヒールは、これから血塗られる運命を知ってか知らずか、凛と床に立っていた。靴底の格子状の凹凸(グリッドパターン)も、今はまだ清潔だ。
マリーは、自身の黒い革靴を履いていた。飾り気のない、しかし手入れの行き届いた、低いヒール(せいぜい3センチ程度だろうか)の実用的な靴。こちらも、今はまだ汚れ一つない。その靴底は、おそらく単純な横溝か、あるいは磨耗した平坦な部分もあるだろう。
「美しい…アリス様。太陽の下のあなたは、まるで堕天使のようだわ」
マリーは、アリスの裸身と白いパンプスの組み合わせを、賛美するように言った。
「あなたもよ、マリー。その黒い靴が、あなたの肌に映えて…まるで、夜の獣のよう」
アリスもまた、マリーの姿に、倒錯した美しさを見出していた。
マリーは麻袋から、モルモットを三匹、取り出した。茶色、白、そして黒白のぶち模様。ハムスターよりも一回り大きく、ずんぐりとした体つきをしている。怯えたように小さな瞳で周囲を見回し、キュイキュイと甲高い声で鳴きながら、互いに身を寄せ合っている。
「さあ、主役の登場ですわ」
マリーは、モルモットたちを、二人の足元の間に、そっと放した。
温室のタイル床の上で、三匹のモルモットは怯えきっていた。眩しい陽光、見慣れない場所、そして、裸で自分たちを見下ろす二人の人間。キュイ、キュイ、と絶え間なく鳴き声が響き、その小さな体が小刻みに震えている。
「どちらからになさいますか、アリス様?」
マリーは尋ねたが、すぐに首を振った。
「いいえ、今日は、特別な趣向にしましょう。一匹ずつ、順番に…そして、相手が『執行』している間、もう一人は、その姿を特等席で見届けながら、自分自身を慰めるのです。互いの快感を、見せつけ合いましょう?」
その提案は、これまでのどんな命令よりも、アリスを打ちのめし、そして興奮させた。互いの裸体を晒し、互いの自慰を見せつけながら、命を踏み潰す。これ以上の背徳と倒錯があるだろうか。
「…ええ、マリー。望むところよ」
アリスは、震える声で答えた。
「では、僭越ながら、まずは私から」
マリーはそう言うと、黒白ぶちのモルモットに狙いを定めた。そして、アリスに向かって、挑発的な視線を送る。
「アリス様、よくご覧になっていてくださいまし。そして、始めてくださいな」
マリーはゆっくりと右足を上げた。黒い革靴の、丸みを帯びたつま先が、怯えて隅へ逃げようとするモルモットの進路を塞ぐ。そして、アリスが自身の秘部に手を伸ばし、ゆっくりと指を動かし始めるのを確認すると、マリーは満足そうに頷き、足に力を込めた。
まず、つま先でモルモットの背中を軽く押さえつける。モルモットは、キュイイイッ!と甲高い悲鳴を上げた。マリーは構わず、体重をかけていく。
「アリス様、聞こえますか? この子の声…そして、私の靴の下で、この子がどうなっていくのか…」
マリーはアリスを見つめながら、恍惚と囁いた。そして、ぐっ、と一気に力を加えた。
ゴリッ、という鈍い音。そして、ぐちゃり、という湿った音。
低いヒールと、硬い革の靴底が、モルモットの体躯を容赦なく押し潰す。それは、ハムスターやヒナとは明らかに違う、確かな「踏み応え」だった。骨が砕け、内臓が破裂し、体液と血液が、モルモットの毛皮と共に、タイル床とマリーの黒い靴底に、じわりと広がっていく。黒い靴底には、赤黒い液体と、潰れた肉片、そして毛がべっとりと付着し、単純な溝にもそれが詰まっていく。
「あ……ぁ……んっ……!」
マリーの口から、熱い喘ぎ声が漏れた。彼女は、アリスの自慰する姿と、自身の足元の惨状を交互に見ながら、興奮を隠そうともしない。
「素晴らしい…この抵抗…この潰れていく感触…!」
アリスは、目の前で繰り広げられる光景と、マリーの剥き出しの興奮、そして自身の指が生み出す快感に、意識が朦朧としそうだった。温室の陽光が、マリーの汗ばんだ肌と、赤黒く汚れた黒い靴を、生々しく照らし出している。アリスは喘ぎながら、自らの快感を高めていった。
「さあ、次はあなたの番ですわ、アリス様」
マリーは、荒い息をつきながら、汚れた靴を掲げるようにして見せた。そして、残った二匹のうち、茶色いモルモットを指差す。
「今度は、私が、あなたを見届けましょう」
マリーは壁に寄りかかると、アリスに見せつけるように、ゆっくりと自身の秘部を慰め始めた。
アリスは、マリーの視線と、隣で潰されたモルモットの残骸を感じながら、茶色いモルモットに向き合った。白いエナメルのパンプスが、太陽光を反射してきらめく。アリスは、ゆっくりと右足を上げた。5センチのピンヒールが、まるで狙いを定めるかのように、モルモットの頭上近くで静止する。
(マリーが見ている…)
その意識が、アリスの羞恥心と興奮を極限まで高めた。アリスは、マリーに倣い、自らの秘部に左手を伸ばした。そして、右足のヒールを、ゆっくりと下ろし始めた。
まず、ヒールの先端が、モルモットの頭部に狙いを定める。
「そう…そこよ、アリス様…一番、脆いところ…」
マリーの囁き声が聞こえる。アリスは、息を止め、ヒールに体重をかけた。
プツッ、という小さな音と共に、ヒールの先端が、柔らかい頭蓋を貫いた。
「キャインッ!」
モルモットが、最後の悲鳴を上げる。アリスは構わず、さらに力を込める。ヒールが深く沈み込み、脳漿と血液が、白いエナメルに飛び散った。
「ああ……っ!」
アリスは、足裏から伝わる衝撃と、マリーに見られながら自慰を行うという、二重の快感に声を上げた。
そのまま、アリスは体重を移動させ、パンプスの底全体で、モルモットの胴体を踏みつけた。先ほどのマリーの時よりも、さらに強い抵抗を感じる。しかし、それが逆にアリスのサディズムを刺激した。
「んん…っく…!」
アリスは喘ぎながら、靴底の格子状の凹凸で、モルモットの体を執拗にすり潰していく。グリッドパターンの一つ一つに、肉片や毛皮が詰まり、赤黒い体液が溝を満たしていく。白いパンプスは、見るも無残に汚れていったが、その汚れこそが、アリスとマリーの共有する悦びの証だった。
「もっと…アリス様…もっと、いやらしい声を聞かせて…!」
マリーの声援を受け、アリスの自慰の動きも激しくなる。足元の破壊と、自身の快感がシンクロし、アリスは白昼の温室で、倒錯の絶頂へと突き進んでいった。
残るは、白いモルモット一匹。怯えきったその生き物は、仲間たちの無残な骸の間で、ただ震えているしかなかった。
「最後は…二人で、飾りましょうか」
マリーが、息を弾ませながら提案した。快感の絶頂を迎え、互いに汗ばんだ裸体を晒したまま、二人は最後の獲物に向き合った。
「同時に、踏み潰すのです。互いの靴で、この白い毛皮を、赤く染め上げましょう」
アリスの白いパンプスと、マリーの黒い靴が、白いモルモットの両側から迫る。二人は互いに見つめ合い、頷き合うと、同時に足を振り下ろした。
ぐしゃあっ!
これまでで最も大きな、水気を含んだ破壊音。白い毛皮は一瞬にして赤く染まり、二人の靴の下で、完全に形を失った。アリスの鋭いヒールとマリーの頑丈な靴底が、共同で最後の命を蹂躙する。格子状の凹凸と、単純な溝が、共に赤黒い体液と肉片を捉え、タイル床に押し付ける。
「「あああああっ……!!」」
二人の絶叫が、温室に響き渡った。それは、破壊の完了と、共有された快感の頂点を示す、獣のような咆哮だった。二人は互いに見つめ合い、荒い息をつきながら、相手の瞳の中に、自分と同じ狂気と満足感が映っているのを見た。
陽光が燦々と降り注ぐ温室の中央には、三匹のモルモットの無残な残骸と、赤黒く汚れた二組の靴、そして、汗と体液にまみれた二人の裸体が転がっていた。かつて美しい花々が咲き誇ったであろうその場所は、今や、血と肉片と倒錯した性欲に満たされた、おぞましい祭壇と化していた。
しばらくの間、二人は言葉もなく、ただ互いの存在と、目の前の惨状を、倦怠感と充足感の中で見つめていた。物置の薄闇とは違う。全てが白日の下に晒されている。硝子の壁の向こうを、誰かが通りかかるかもしれないという、微かなスリルさえもが、彼女たちの昂ぶった神経をくすぐった。
「…片付けないと…」
ようやく、アリスが呟いた。しかし、声には力がなかった。
「そうですわね…でも、もう少しだけ…この光景を、目に焼き付けておきたい…」
マリーは、自分の黒い靴についた汚れを、指でそっとなぞった。
「見てください、アリス様。あなたの白いパンプス…こんなに汚れて…まるで、血で描かれた芸術品のよう…」
アリスは、マリーの言葉に促され、自分の足元を見た。白いエナメルは赤黒く染まり、ヒールには毛が絡みつき、靴底の格子模様は、もはや元の形が分からないほどに、得体のしれないもので埋め尽くされている。それは、紛れもなく汚れていたが、同時に、倒錯した美しさを放っているように感じられた。マリーの黒い靴も同様に、鈍い光沢の上に、生々しい赤黒さがこびりついている。
「誰かに見られたら…」
アリスが不安を口にすると、マリーはくすくすと笑った。
「大丈夫。ここは、忘れられた場所…そして、もし見られたとしても、それはそれで、新たな興奮になるかもしれませんわね?」
マリーの言葉は、もはやアリスを安心させるものではなく、更なる危険へと誘う囁きのように聞こえた。
二人は、重い体を起こし、後片付けを始めた。しかし、タイルに染み付いた血痕や体液は、簡単には落ちそうにない。モルモットの残骸を麻袋に詰め込み、靴の汚れを布で大雑把に拭うのが精一杯だった。特に靴底の溝に入り込んだものは、取り除くのが困難だった。
温室を出る時、アリスは振り返った。陽光の中に残された、おぞましい祭壇の跡。自分たちは、とんでもない一線を越えてしまったのだ、という実感があった。しかし、後悔はなかった。むしろ、マリーと共有した、あの極限の快感と背徳感が、全身をまだ痺れさせている。
「私たちの秘密の場所が、また一つ増えましたわね」
マリーが、満足そうに言った。
「次は何をしましょうか、アリス様? もっと美しい場所で? それとも、もっと…『価値』のあるもので?」
アリスは、マリーの問いに答えることができなかった。ただ、この共犯者と共に、さらに暗く、危険な道を進んでいくであろうことだけは、確信していた。白昼の光の下で交わされた、血塗られた契約。それは、二人の魂を、永遠に縛り付ける呪いとなるのかもしれない。そして、白と黒の靴は、その呪われた輪舞曲を、これからも踊り続けるのだろう。より深く、より激しく、破滅のその時まで。
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