第57話
「紫乃、顔あげて」
「む、無理っ…です」
「無理じゃない」
「だって顔真っ赤だし、ぐちゃぐちゃだしっ」
「わかってるから」
「うっ…」
再び両頬を掴んで、無理矢理顔を上げさせると、言っていたとおり紫乃の顔はぐちゃぐちゃで真っ赤だった。
「ふはっ、猿みたい」
「っ、先輩っ」
「そのままでいいよ、十分可愛いから」
「え…」
「俺の分まで頑張ってくれてありがとう。いつも好きって言ってくれてありがとう」
「せんぱ…」
「好きだよ、紫乃」
額をつけて呟くと、手から紫乃の熱が伝わってきた。
それに少し笑って、紫乃にキスをすると、紫乃はもっと顔を赤くした。
「な…せんぱ…え」
「ふはっ、テンパりすぎ」
「だ、だって先輩私のことタイプじゃないって…」
「そんなのいくらでも変わるでしょ」
「年上好きって…」
「そんなこと俺一言も言ってないよ」
「えぇー…」
紫乃なりの照れ隠しなのか、短い襟足を何度も手で掴むその姿がなんだか微笑ましかった。
紫乃はもっと女らしくなりたいと言ったけれど、その短い髪が俺はよく似合ってると思うよ。
少し低い声も好きだよ。
指が綺麗なことも知ってる。
落ち着いてる人が好きだったけど、少しくらい騒がしい紫乃が近くにいないと俺が落ち着かない。
だからどうか俺のそばにいてほしい。
俺が、紫乃のそばにいたいから。
―――――――……
「せ、先輩すみません遅れて!」
「んーん。あ、髪切ってきたんだ?」
「あ、はい。やっぱりこれじゃないと落ち着かなくて」
「いいんじゃない?似合ってるよ」
「っ、先輩ってほんと…」
「いて、なんで叩くの」
先輩と付き合い始めてから10年が経った。
今日は結婚式で、美容室でセットしてもらった髪に紺色のAラインのドレスを着て待ち合わせ場所へ行くと、先輩もスーツ姿で待ってくれていた。
「それにしても一番最初に結婚するのが美景君だなんて驚きました本当」
「俺はてっきり伊吹かと」
「そこ自分じゃないんですか」
「何、結婚したいの?」
「え、あ、いや」
「仕事で子供ばっか見てると子供欲しくなるよね」
「ちょ、先輩っ」
私は高校2年生の夏、初めて県大会の短距離で入賞して、地区大会にもでることができた。
そこから大学まで思う存分走ることを続けて、今はその有り余った体力を生かして、保育士の仕事に就いている。
子供たちと走るリレーでは本気を出しすぎて、子供たちに白い目で見られることもしばしば。
失敗することも多いけれど、楽しく26歳を過ごしていた。
先輩は持ち前のなんでもあっさりとこなしてしまう要領のよさと、人当たりのよさで、28歳という若さで社内一エリートと呼ばれている。
お互い忙しくて会えないこともあるけれど、なんとかこうして一緒にいれていることが、とても幸せに思える。
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