第56話

1年の階について、紫乃のクラスのドアを開けると、このクラスもどうやら体育祭のHR中だったみたいで騒がしかった。


でもさすがに3年生が突然入ってくれば辺りは静かになるもので、その視線はかなり痛いものだった。


そんな中で見つけた紫乃も、俺を見てあんぐりした表情をしていた。



久々に見た顔が大分間抜けだということは置いといて、俺はまっさきに紫乃の手を掴んで教室の外へ連れ出した。



「ちょ、先輩?!」



紫乃はこの状況をいまいち把握できないようだった。



それでも俺はそんな困惑する紫乃をぐいぐい引っ張って、空き教室まで連れて行った。



そしてドアを閉めて、すぐに紫乃のほうへ向いて、両頬を掴んだ。



「うっ、先輩?」


「っ」



ちゃんと顔を見て、目を見て、改めてこんな風に紫乃に触れてみると、紫乃は本当に小さくて、抱きしめたら壊れてしまうんじゃないかと思った。


そんな細い足で自分の身長より高いバーを踏み越えていたんだと思うと、やりきれない気持ちになった。



「むっかつく…」


「え?」


「なんだよ…なんで、なんでお前がハイジャン辞めなきゃなんねぇんだよ!!」


「っ」


「ちょー頑張ってんのに、めちゃくちゃ練習してたのに、なんでっ、お前も納得してんじゃねぇよバカっ」


「ちょ、先輩…」


「っ…ざけんなよ、本当」


「――っ」



気づいたら俺は、その小さくて細いからをぎゅっと抱きしめていた。


さっき壊れてしまうんじゃないかと思ったばかりなのに、そんなこと気にしてられなくて、苛立ちのせいで冷静じゃいられなくなっていた。



「なんでなんも言ってくんないの…?俺って紫乃の仙人じゃなかったの?」


「あ、いや仙人です神ですっ!ただ……言いづらくて…」


「っ…なんでよ」


「だって……情けないっ」


「………」


「だって…だってっ…、なんて言ったらいいのかっ…ぅ、わ、わからなかったっ…」


「………」


「先輩にっ……嫌いになってほしくなかったっ…、かっこ悪いところ見せたくっ…なかった…っ…」


「嫌いにっ……なるわけないでしょっ…」



もう十分かっこいいのに、どんだけかっこつけようとしてんだよ。


そんなぐちゃぐちゃの泣き顔で、もうかっこなんかつかないんだから。


いいんだよ、もう。



もう、十分だ。



「ごめんなさいっ、先輩」


「なんで謝るの」


「先輩の分まで跳びたかったけどっ、無理だったっ」


「っ」


「もう隣歩ける自信っ…なくなっちゃいましたっ」



紫乃の細い腕が、俺の腰に回ってくる。


強い力で、抱きしめてくる。



「でもっ、それでも私っ…先輩のそばにいたいんですっ」


「………」


「先輩の隣を、歩きたいですっ…」


「っ」


「私もう跳べないけど、今度は頑張って走りますからっ…。もう一度自信を取り戻せるように頑張りますからっ…だからもうちょっとだけ待っててくれませんかっ…?」


「紫乃」


「先輩より年下だしっ、美人じゃないしっ、胸もないしっ…髪も短くて肌も黒いけどっ…私っ……頑張って女らしくなりますからっ…」


「っ、そんなの…」


「愛してるんですっ…せんぱいっ……」




――ああもう、なんで。



俺どうして、こんなに健気な子の気持ちに…もっと素直になれなかったんだろう。



ずっとずっとまっすぐに、伝えてくれていたのに。



今一番辛いのは、君のほうなのに。



どうして、俺なんかのことを今…考えてくれるんだろう。

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