第51話
こんなに一生懸命に頑張っている紫乃に対して、自分が恥ずかしくなる。
そんなこと、きっと紫乃は知らない。
きっと言ったって君は「そんなことない」って、笑いながら言うんだろう。
「っ」
声を、かけたくなった。
紫乃に初めて、甘えたいと思った。
――『大丈夫だよ。俺がしっかりするから』
母さんの墓の前で、馬鹿みたいに呟いた言葉だった。
…母さんが死んだ時、俺はもう高校が決まっていた。
ハイジャンを続けることも必然だった。
でもそれは、母さんが死んだことによって、変わってしまった。
その時美景は中学1年生で、伊吹はまだ小学5年生だった。
まだまだ、母親が必要な年齢だった。
父さんは海外出張が多い職業だったからほとんど家にいないし、日本にいても帰ってくるのが遅かった。
母さんが生きている間、俺はちっとも長男らしくなくて、わりとしっかりしてる美景や伊吹に助けられていたけれど、母さんが死んだとき…俺がしっかりなくちゃいけないと思った。
陸上部には入らず、バイトに専念した。
帰ってきてからは簡単なものだけど晩飯を作って弟たちに食べさせた。
早起きをして洗濯して掃除して、
全然母親の手伝いをしてこなかった俺は、改めて母親の偉大さに気づいた。
ハイジャンに未練はなかった。
これが、正解だと思ってたから。
でも時々陸上の練習を見るたびに、少し泣きたくなるときもあった。
そういう時は決まって、年上の女性に甘えた。
声をかけられることも多かったし、余裕のある人に寄りかかるのは、とても安心できた。
落ち着きがあって美人で、そういう人に甘えて満たされていると、気がまぎれるような気がした。
もともと汗かくの嫌いだし、ハイジャンもなんとなくやってただけだし、寄ってくる先輩はみんな美人だし、楽だし、こっちで今こんなにも安定してるって、充実してるって、そう思いたかった。
間違ってなかったって、思いたかった。
それなのに、
――『中学の時、先輩のこと陸上の県大会で見て、それからずっと目標にしてました!』
――『好きです、先輩』
紫乃にそう言ってもらうたびに、苦しくなった。
カフェで女の人と一緒にいるのを見られたときも、なんだかとても悪いことをしてしまったような気持ちになった。
それでも紫乃は、笑ってくれた。
――“先輩が今陸上部じゃなくてよかったって思ってるんですっ”
――“だってそうだったら私っ…先輩にかっこ悪いところしか見せられなかったですからっ…”
泣きそうになりながら、何度も何度も頑張るって。
そう言ってくれる紫乃を前に、俺は…自分がしてきたことが間違ってなかっただなんて、
言えるわけがなかった。
紫乃を見る度に、ハイジャンやめなきゃよかったなって思ってるだなんて、言えないよ。
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