第46話

「まあいいけど、なにから話せばいいの?」


「…ずっとずっと聞きたかったことがあるんです」


「ん?何?」


「先輩は…彼女いるんですか?」


「え、なに、そこは美景に聞いてないの?」


「お、恐ろしくてっ…」


「ふはっ、なにそれ」



思い切って聞いたのに、そんな思いも酌まずに先輩は笑っている。


なんだか複雑なような、嬉しいような。



「結論から言うと、いないね」


「え…でもこの間の…」


「あれ彼女じゃないから」


「え」



じゃあ一体…あの人は……、




「俺はさ、紫乃が思っているような人じゃないよ」



先輩は淡々と言った。




「紫乃にまっすぐに思ってもらえるような人じゃない」


「………」


「紫乃が俺に懐いてくれるのは嬉しいけど、正直不思議でたまらない。俺だったら嫌だけどね、こんな適当な男」



苦そうな真っ黒なコーヒーを美味しそうに口に運ぶ先輩。



先輩から言わせて見れば、私はこのコーヒーのように甘い人間なのかもしれない。


“憧れている”と、“好きだ”と、そんな台詞を馬鹿みたいに繰り返す私を、先輩は一体どう思っているのだろうか。




「…もう1つ、聞きたいんです」


「いいよ」


「どうして…ハイジャンやめちゃったんですか?」



「………」


「あんなに綺麗なのに、あんなに素敵だったのに…もしかして怪我とか」


「…そんなんじゃないよ」



先輩はさっきより優しい瞳になって、コーヒーをお皿の上に置く。


多分、私の手が震えていること…バレてたかもしれない。



こんな突っ込んだ質問をするのはとても怖かったから。

先輩を傷つけてしまうことももしかしたらあるかもしれないと思うと怖い。



でもきっと先輩は私のことの気持ちをわかってくれてる。



だからそんな落ち着いた声と優しい瞳で話すんだ。



「高校ではバイトしたかったからやめた。高校ではもう陸上はやらないって決めてた」


「…それが理由?」


「そ。練習きついし、汗かくの嫌だし、なにより遊びたかったから」


「じゃあどうして…」




どうして…陸上の強い高校に入ったの?



そんな簡単に入れる高校じゃない。


確かに先輩は頭がいいからうちの高校は楽勝だったのかもしれないけれど、先輩が行っていた中学には付属の高校があったじゃない。


それでもこっちの高校を受験したのは、ハイジャンをやるためじゃなかったの?

その付属の高校の陸上はあまり強くなかったから。




「何?」


「………」




私はあなたのことを知ろうと思えば思うほど、あなたのことがわからなくなっていく。


どうしてだろう。


どうして…こんなに好きなのに。

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