第21話

「ふっ…っ…う」



月奈はもう声もでないみたいだった。


何度も何度もくしゃくしゃな顔を縦に振って頷いてくれた。



そんな月奈を見て、俺ももっとボロボロ泣きそうになったけれど、必死で止めて、笑って、

月奈の頬に伝った跡を親指で拭った。






――どこにでもあるような出会いだった。


気づけば追っていた視線は、幼さのあまりすれ違っていった。


大切な人を失って、大切な人の存在を自覚した。




月奈を…大切だと思った。





それからは毎日一緒に過ごして、ふざけて笑って、お互いを叩きあった。


月奈が遠くに行ってしまうことがわかってからも、月奈のそばを離れたくなかった。




同じ趣味のCDや映画は全部俺の部屋にある。


月奈が部活のコンクールで入賞できなかった時、その悔し涙が止まるまでずっと寄り添っていた。


勉強をすると必ずと言っていいほど眠くなってしまう月奈の寝顔を、何度見つめただろう。



そして月奈を送り届ける帰り道には、一体どれだけ会話をしただろう。




…あの日1人きりで歩いた帰り道には、桜の蕾がもう膨らんでいた。





君が大好きだと言っていた桜が咲かなければいいと思っていた。






……でも、もう大丈夫。




きっと好きになれるよ。




あの冬も、





この春も。








―――――――……






「ねぇ伊吹」


「………」


「伊吹ってば」


「んー…何」


「こんなとこで寝たら風邪引くよ」


「眠い…てか寒い…」


「もー、顔全然見えないよー」



そう言って月奈が笑いながら俺の前髪に優しく触れてきた。


ゆっくり目を開けると体中が痛くてまた“雪花”を寝かしつけながら、自分も一緒に寝てしまっていたことに気づいた。




キッチンのほうからなんだか甘い香りがする。



「生チョコ?」


「うん、食べる?」


「食べる」



すやすや眠る、まだ小さい雪花からそっと離れて、月奈とリビングへ向かった。



テーブルの上のお皿に乗っているのは、俺が昔から大好きな月奈の作ってくれた生チョコだ。


それは口に含むと一瞬で溶けてなくなってしまう。



まるで甘い雪のような味だ。




「そういえば来週休みとれた?」


「うん。もうチケットもとってあるし」


「久々だね日本」


「多分兄貴たち、俺らじゃなくて雪花に会いたがってると思う」


「ふっ、2人ともベタボレだもんね」




月奈と結婚して、2年が経った。


あのプロポーズの日からちょうど5年。



お互いに少しずつ歳を重ねて、大切な命にも恵まれて、

今でもこんな風に穏やかに笑っていられるのは、


きっと月奈や雪花のおかげだけじゃないはずだ。




あの時背中を押してくれた、朝日や美景の存在。



幸せを一緒に喜んでくれた、父さんや月奈の両親やガッツたちの存在。





今の俺たちの幸せは、たくさんの人たちに支えられてできている。

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