第11話
「私ね、絶対月奈行かないと思ってたんだよ」
「え?なんで?」
「だってここには、伊吹がいるから」
「ぶっ」
よっちゃんの言葉に、一斉に月奈を含めたメンバーの視線が俺に向く。
俺は飲んでいたビールを思わず吹き出しそうになり、慌てて手の甲で口元を押さえた。
「伊吹はいいの?月奈がボストンに行っても」
「今更何を…」
「伊吹は寂しくないのっ?」
「っ」
――俺は知っていた。
月奈と自分の関係が、必ず終わってしまうこと。
「…仕方ないでしょ」
「伊吹冷たすぎ。人生の半分以上一緒にいたくせに」
「ボストンにいたって、会おうと思えば会えるでしょ」
そう言って必死に表情を崩さず飲んだビールは味がしなかった。
今、月奈がどんな顔をしているかなんて見なくてもわかった。
だから目を合わせられなかった。
「そうだよー。会おうと思えば会えるって!」
月奈の明るい声だけが、ただただ耳を掠めた。
その後のことはあまりよく覚えていない。
飲み過ぎたせいなのか、それとも数日前から感じている喉の痛みのせいなのか、それを判断することすら、今の俺にはできなかった。
―――――――……
それから二次会で居酒屋に行き、終電前に帰宅する人と、朝まで飲む人に分かれた。
俺たちは前者だった。
月奈は明日が出発だったし、俺ももう頭が痛かったから。
終電後の帰り道は真っ暗で、さっきまで暖かかったはずが、すっかり冬の寒さに戻ってしまっていた。
「うー楽しかったー。酔っ払ったー」
「嘘つき。酒強いくせに」
「あはは、でも本当楽しかった!朝まで飲みたかったなー」
「出発明日にしなきゃよかったのに」
「ほんとにねー」
月奈はピンクゴールドのショートドレスの上からトレンチコートを羽織って、真っ白なマフラーを巻いた格好で、俺の少し前を空を見上げながら歩いていた。
「ねぇ月奈」
「ん?」
「そのドレス、似合ってるよ」
「ふっ、何急に」
「アップにしてる髪も可愛かった」
「っ、ありがとっ」
普段なら絶対にこんなことは言わないけれど、お酒のせいと、明日いなくなってしまう月奈に感傷的になっているせいですんなりと言葉にすることができた。
月奈そんな俺に、振り返って笑ってくれた。
顔が熱いのは、お酒のせいだろうか。
顔をあげられないのは、お酒のせいだろうか。
「荷造り終わったの?」
「うん。私荷物多いから大変だった~。全部いれられなかった」
「どんだけあんだよ」
「でも写真は全部持ってくよ?どこにいても、伊吹の顔思い出せるように」
「16年一緒だったんだから忘れんなよ」
「あははっ、ごめんごめん」
「………」
「………」
「…俺も」
「ん?」
「俺も飾ったよ。月奈の写真」
「えーあんだけ壁に穴開けるの嫌だって言ってたくせに」
「うん。でも開けた」
「ふふっ、ありがとう」
「明日、見送り行くから」
「うん。嬉しい」
「………」
「………」
…16年、一緒にいた。
その16年の中で今日が一番、会話が上手く繋げない。
当然だ。
だってこんな風に会話ができるのは、今日で最後かもしれないから。
“会おうと思えばいつでも会える”
それは一体、何パーセントの確信を持って言えるだろうか。
何日、何ヶ月、何年待ったら、たった1日を一緒に過ごせるだろうか。
こんな風に考えると、俺たちが一緒に過ごしてきた16年は、長いようであっという間だった気がする。
月奈が海外に行ってしまうと知ったあのときから、毎日を大切にしていたはずなのに。
今こうしてみると、まだまだやりきれていないことがたくさんある。
後悔が、溢れてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます