第5話

家に帰ると、朝日はソファーに座ってテレビを見ていて、美景はテーブルに顔を埋めてまたうたた寝をしていた。



「おかえりー。ちゃんと送ってきた?」


「うん。雪降ってきた」


「まじか。今日部屋干しだ、洗濯」


「そうだね」



俺はマフラーをとって上着をイスにかけると、冷たくなった手を洗ってすぐにストーブの前で温めた。



「いつだっけ。月奈」


「…3月21日」


「…寂しい?」


「……さあ…」



きっと朝日にも、うたた寝をしつつも会話が聞こえている美景にも、俺の小さな動揺は伝わっていた。


だから俺は何も言えなくて、ただただストーブの前で、冷えた手をこすり合わせた。






―――――――……




あたりまえだと思っていたものがなくなってしまった時、人は一体どんな反応をするのだろうか。



必死にもがくだろうか、届かないと諦めてしまうだろうか、ただただ何も言えず俯いてしまうだろうか。



俺は一体どうだろう。



どうすれば、俺は救われるだろうか。



「伊吹ー今日合コンいかねー?人数1人足りないんだけど」


「あー俺パス。用事あるし、月奈いるし」



2月14日。

授業後の講義室でさっき月奈にもらった生チョコを食べていると、隣に座っていたガッツ(苗字が石松)がスマホをいじりながら俺に合コンを提案してきた。



「月奈いるしって何その断り方っ…!てか用事って何」


「なんかチョコのお返しディズニーのチケットがいいって。割りに合わねぇ」


「てかそれ月奈にもらう16個目のチョコレート?」


「どうだろう。一時まったく話してない時期もあったからね」


「ふーん。つーかさ、お前らそれで付き合ってないとかマジありえないんだけど」


「あー、ね」


俺の軽い返事にガッツはスマホを動かす手を止めて、呆れたようにため息をついた。



「告白しろよー。もしくはすぐさま結婚しろ」


「まあそれもありだなー」


「お前さ、そんなふうに余裕ぶっこいていると、ボストンのイケメンにとられるぞー」


「あはは、そりゃ困るわ」



3月21日。

その日、月奈はボストンに留学する。

大学の卒業式の次の日だ。


昔から英語が大好きな月奈は、中学の頃からいつか海外へ行って英語を学んでみたいと言っていた。


その間向こうにいる月奈の父親のコネで働かせてもらえることも決まっていて、大学を卒業したらすぐにボストンへ行くことになっている。



つまり、月奈がいることがあたりまえだった俺の日常から、彼女はいなくなってしまう。




「ねぇガッツー」


「あん?」


「俺、余裕に見える?」


「は…?」


「来年から…月奈のチョコ食えないんだよねー…」


「………」





俺の視線はさっきからずっと同じところへ向いている。


その先の月奈に気づいたガッツはまたさっきと違った呆れた表情でため息をつき、俺の肩に手を乗せた。



「馬鹿だな。ほんと」


「ふっ、ほんとにね」



ガッツの言葉に、俺は上手く笑えていただろうか。


月奈からもらったチョコレートは確かに美味しかったはずなのに、まるでスパイスが入っていたかのように喉の奥が痛んだ。

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