第39話

人のために嘘をついたから、自分は幸せになれなくて当然だと思うのなら、そんな優しさ間違ってる。



傷ついているのに、もっと自分でその傷をえぐる必要なんてない。



泣いている人に優しくしてあげなきゃいけないって、誰が決めたの…。



ねぇもっともっと、自分を中心に考えてもいいじゃない。


人のために、自分の夢を諦める必要なんてないじゃない。



「だって千幸さん…、まだパティシエの道具全部残してるじゃんかっ…」


「っ」


「ねぇ千幸さん…、もう嘘つかないで。優しくしないで」


「………」


「本当のあなたを教えてよっ…」


「………」


「私だけに…教えてくださいっ……」



声が、声にならない。



あなたを思うと、心が磨り減りそうになる。


あなたが今まで受け止めてきた色んなものを思うと、もうはちきれそうになる。




重いよ、千幸さん。


今すぐ、やめてしまいたい。




でも、あなたをおいてはいけないの。


そんな暗い場所に、偽りと優しさで固めた場所なんかにいなくていい。



優しくなくていいし、私のことを好きじゃなくてもいいから、どうかもう、



1人ですべてを抱え込むのはやめて。




「…咲……」


「うっ…っ…」


「どうして咲が泣くの…」


「あなたが…泣かないからっ…」


「俺は、咲を裏切った彼氏と同じようなことしている男だよ。咲が思っているほど…いい人なんかじゃないんだ本当に」



千幸さんはゆっくり私に近寄ってきて、私の頬の涙を指で拭ってくれた。



「美奈子は俺からレシピをとっただけじゃなくて、そのレストランのオーナーとデキてた」


「え…」


「だから俺ももういいやって。適当に他の女と遊んで、夢も、ここでやる予定だった店も、全部やめた。咲にカフェのこと嘘ついたのは…忘れたかったから。あのカシスケーキのこと」


「………」


「多分ここで和食やり始めたのだって、美奈子へのあてつけだった。意外と盛況で雑誌にも載せてもらえてるし、そのことを美奈子に会って話したのは、咲に本屋で見られたあの日」


「………」


「そしたらあの人…今度は海外に行くんだって嬉しそうに話してた」


「っ」


「自分がやってること全部が馬鹿馬鹿しく感じた。だからもう咲にバレてもいっかって…。あの人の夢…潰してもいいかなって…」




頬に触れる千幸さんの指はかすかに震えていた。


声も…肩も…。



嗚呼、千幸さん。



「でもやっぱり…女の子は泣かせちゃいけないって気づいたっ…」



やっぱりあなたに、悪役は似合わない。




「咲が…ぼろぼろ泣いてるの見たら…ほんとっ…どうしたらいいのかわからなくなったから」


「っ」





――“頼むから…泣かないで”

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