第38話

千幸さんはカウンターから目を離し、ようやく私を見てくれた。



「なんの話…?」


「千幸さんは…気づいて欲しかった?それとも気づいて欲しくなかった…?」


「………」


「私はっ…気づいてあげたかった」




――これ、桃、どうやったらこんな甘くできるんですか?


――内緒。




――それを伝えるために何度も失敗して初めて作った料理は、形の歪なプリンだった。




多分気づかないところで千幸さんは、私にたくさんサイン送ってくれていた。




「あのカシスケーキを作ってくれたのは…千幸さんなんでしょ…?」


「………」


「赤羽さん…」


「っ」


「その女性を守るために…嘘をついてるんですか?」


「………」



これは私の推測で、本当かどうかもわからない。


でもきっと千幸さんは、自分の作ったカシスケーキのレシピを赤羽さんに譲ったか、盗られたんじゃないかと思う。


それで彼女は雅人さんと同じレストランに配属が決まって、海外行きさえ手にすることができた。



でもそのカシスケーキを以前私が食べたことがあるのに気づいて誰かに話せば、赤羽さんのレシピではないことがバレてしまう。



そうなれば彼女のパティシエの夢になんらかの支障がでてしまう。



「だから千幸さんは…全部、なかったことにしたんですかっ…」


「………」


「あそこで働いてたことも、カシスケーキを作ったことも、私に…食べさせてくれたこともっ…」


「だったら……何…?」


「千幸さんは彼女のためにパティシエの道をやめて、調理の専門学校に入り直して理師になった。デザートを作らない和食専門の料理人に」


「………」


「それは、赤羽さんに負い目を感じさせないためですか…?」


「…違うよ……」


「この場所はっ…本当は…、2人で一緒にカフェをやろうと思って借りた場所だったんじゃないんですかっ…」


「っ」




それが本当なら…、千幸さんは優しい。



とても優しい。


優しすぎる。






でも…、





「でもっ…、そんな優しさ間違ってるよっ…」


「………」


「だって……、千幸さんは幸せになれないじゃんっ…」

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