偽りの優しさ
第26話
夏休み明けの調理室の中は甘い香りが充満している。
黒板には“アップルパイ”の文字と、その作り方。
今はそのアップルパイを作り終えて、みんなで食べて、食べ終わった人から後片付けをしている時間だ。
料理部の活動は週に1度。
毎週水曜日。
人数と活動の少ない部活だけれど、楽しそうに料理をする女の子たちを見る時間は、顧問の私にとっても楽しい時間だった。
片付けの終わった人たちからそれぞれ解散し、私も手早く自分の周りを片付けた。
「椿先生」
各テーブルのチェックをしていると2年の安藤さんが今日配ったプリントを握り締めながら話しかけてきた。
「どうしたの?」
「あの、私先生が教えてくれるデザートすごく好きなんです!美味しくて!」
「え、あ、ありがと」
真正面からそんな風に言われたのは教師生活で初めてで、なんだかすごく照れた。
それと同時に、すごく嬉しかった。
「で、お願いがあるんですけど」
「何?」
「今度、私の彼氏の誕生日なんです。4組の太田君」
「あーあの子…、え?そうなの?」
「はい。それで、彼の誕生日にケーキを作ってあげようと思ってるんですけど、彼甘いの苦手で」
「あー…」
「でも、どうしても私、彼にケーキをあげたいんです!だから甘いのが苦手な人でも食べれるケーキのレシピ教えてもらえませんか?」
安藤さんは顔を真っ赤にしていた。
必死に私に問うその姿は、私にはもうマネすることのできない青さがあって、少し羨ましく思った。
でも、私にもあった。
誰かのために、自分の料理を作ってあげたいと思う気持ち。
「そっか。うん、いいよ。考えとく」
「え、本当ですか?ありがとうございます!!」
「ちょっと時間かかっちゃうかも。来週でもいいかな?」
「はい!待ってます!!」
彼女は深く私に頭を下げて、自分のテーブルに戻っていった。
楽しそうに友達と話す安藤さんは、とても嬉しそうだった。
太田君はきっと幸せだろう。
こんなにも必死に彼女に愛されて。
高校生は眩しい。
こっちの存在が、かすんでしまいそうになるくらい。
でもその光に、元気をもらえることがある。
頑張ろうって思える。
――“料理作って出すとさ、笑ってくれんの。今の椿さんみたいに”
――“私先生が教えてくれるデザートすごく好きなんです!美味しくて!”
千幸さんと一緒だ。
私も、こんな生徒たちの笑顔が好きだ。
美味しいと、勉強になったと、先生に会えてよかったと、
部活の子がいう。
生徒が、卒業生が言ってくれる。
ねぇそれだけで私は、
もう1人なんかじゃないんじゃないかな。
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