第25話
酔ってて、こんなこと言うのだろうか。
それとも本心?
どっちにしたってこんな状況でそんなことを言うのはタチが悪いよ。
「俺の両親料理人なんだよね」
「え」
「いっつも海外フラフラしてて、家になんかまったく帰ってこなくて、連れてってくれればいいのに俺と姉貴2人はずっと日本で生活してた」
「………」
「姉ちゃんたちは俺のために強がって、いつも家事したり面倒見たりしてくれたけどさ、本当は夜泣きながら寝てるの知ってた…」
「っ」
「俺の前ではそんな風に寂しがってる様子…全然見せないのにさ」
自分のことを、どこか他人事のように話す千幸さんは、一体どんな表情をしているのだろうか。
手に持ったグラスを見つめている私には、それが確認できなかった。
「その時思ったんだよ…俺。女の子って強いのに…弱いんだって」
「………」
「だから俺は2人にもう我慢して欲しくなくて、泣いてほしくて、俺の前では強がらなくていいよって…、それを伝えるために何度も失敗して初めて作った料理は、形の歪なプリンだった」
「っ」
「俺はさ、泣いている人を笑顔にするより、泣きたいのを我慢している人に…ただただ泣いて欲しかったんだ」
――“料理作って出すとさ、笑ってくれんの。それが好き”
「だから嬉しかった。咲が泣いてくれて…」
おかしいでしょ。
そう言って静かに笑うあなたを、抱きしめたいと思った。
でも千幸さんの腕はそれをさせてくれなかった。
「俺、咲に会えてよかった」
「っ…」
「本当美味かったよ、今日のご飯。また作って?」
そう言ってすっと腕を離す千幸さん。
背中から体温が消えて、ばっと振り返ると、千幸さんそのまま私に目を向けることはなく、キッチンから出て行ってしまった。
「あ…」
私は、この感覚を知っている。
表情を、顔を一切確認することなく、去ってしまう背中を知っている。
会えてよかったと言うのに、どうしてそんなにも心許ない声で話すの。
寂しかった幼少期を思い出しているの?
それとも泣きながら眠るお姉さんたちのこと?
帰ってこない両親?
形の歪なプリン?
結局私は千幸さんのことをまだ何も知らないんだ。
もう見えなくなってしまった彼の背中を思い浮かべて、まだ感覚の残る肩に、私は静かに手を乗せた。
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