第9話

「また来ちゃった。チサと夏目君に会いたくて」


「それさっきキッチンにも聞こえたから」


「あはは」



夏目君の嫌そうな顔とは違う。

少し困ったように微笑む。


それでも優しい雰囲気を醸し出す彼は、まるでモデルのように綺麗な男性だった。



間違いなくこの香水は、彼からするものだ。



「いらっしゃいませ。こんばんは」


「こ、んばんは」


「あはは、咲ちゃん固まってるー」



先輩が私を指差して笑う。


先輩の言葉通り、私は彼を見たまま動けずにいた。



「咲、こいつがチサ。間宮千幸(マミヤチサ)」


「え?チサって女性じゃ?」


「は?」


「あ、いやなんでもない」



私が勝手に女性だと勘違いしていただけだとすぐに気がついた。


この人が…間宮さんが先輩の同級生なんだ。


この人が……。



「俺の同僚の椿咲(ツバキサク)。可愛い名前でしょ?」


「うん。とっても」


「手ださないでねー?俺の大事な後輩だから」


「ふっ、わかってるよ」


「咲も気をつけろよー、こいつマジチャラいから」


「ちゃ、ちゃら…」



私はその言葉に少しだけショックを受けた。


やっぱり格好いい人は女性問題がいろいろと多いのだ。

それはもう生まれたときからの性なのだ。


きっと祥馬もそうだったんだろう。



私は間宮さんの香水の香りと、久々に聞いた“祥馬”という名前のせいでなんだか一気に力が抜けてしまった。




「椿さん」


「は、はい」


「痛いの?」


「……え?」




間宮さんは私を見て自分の左頬を指差す。


気づいたら私は自分の左頬を左手で押さえるような格好をとっていた。

3ヶ月前、叩かれた部分を押さえていた時と同じだ。


痛みを抑えるうちに、いつのまにかこれが私の癖になってしまっていた。



「いえ、ちょっと癖で」


「なんだ。虫歯なのかと思った」


「え……」

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