百合桜
第5話
「あー…朝…」
ベッドの上、寝起きのがれ声で呟く。
その日私は月に1度の土曜の出勤の日で、いつもより寝起きが悪かった。
「起きなきゃ」
クローゼットから取り出したのは25歳の女が着る服とは思えないほど地味な色の私服。
私の職業は一応高校教師。
就職して3年目のまだ新米の教師だ。
そういう職業がらオシャレな服とは縁がない。
動きやすくて、洗濯も楽な服がいい。
適度にメイクをして、胸下まである黒髪を一本に結んで家を出た。
朝日はまだ昇りきっていない。
人もまばらで、辺りはとても静かだ。
重い鞄を肩にぶら下げて駅まで向かう。
途中であのカフェの前を通った。
もちろんまだ開店はしていなかったけれど、私はふとあの時のことを思い出した。
こういう言い方をすると、今たまたま思い出したかのように感じるけれど、そうではない。
ずっとずっと考え続けている。
「美味しかったな…あのケーキ」
あの人は、一体誰だったのだろうか。
祥馬と別れてから(そもそも付き合っていたと言えるのかも疑問だが)、3ヶ月が過ぎようとしている。
つまり、あのケーキを食べさせてもらってから3ヶ月。
私は変わらずこのカフェに通い続けているけれど、スタッフの中にウエイターは何人もいるし、確か私が見た後姿はふわっとした黒髪にすらっと背の高い雰囲気の人だった。
あの甘い香水の香りも覚えている。
でも、そのウエイターの中にそれらしい人は見当たらない。
もしかしたら辞めてしまったのかもしれない。
スタッフの人に聞けば教えてくれるかもしれないけれど、そんな勇気はない。
「………」
ただ、お礼を言いたかった。
あのケーキとても美味しかったです。
とてもとても、美味しかったです。
そう、伝えたかった。
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