第5話 才能

 体の内側を魔力の奔流が掻き乱す。

 内側から破裂しそうなほどの激痛が襲った。


「が、が、がぁああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああッ!!」


 喉が壊れるんじゃないかってほど叫ぶ。

 痛い、苦しい。

 し、死んでしまう……。


 死ぬ……?


 死にたくない。


 前世の記憶が思い返される。

 冷たい雨の降る中、一人苦しみながら死んでいった高架線の下の鉄臭い匂い。

 孤独だった。

 誰にも愛されていない。

 誰にも存在を認知してもらえない。

 俺はあの時、比喩ではなく、心から、世界の果てに一人取り残されたのかと思った。


 それに……。


 家族から見放され、一人彷徨ったスラム街。

 誰かが助けてくれると思って頼った場所が闇ギルドで、身ぐるみ剥がされ面白半分に切り刻まれた。

 確かに自業自得だ。

 人を見下して、努力を見下して、不真面目に怠惰な生活を送っていた罰だ。


 でも……だからこそ……。

 あんな想いをするのはもう嫌だ。


 生き残らなければ。

 絶対にここで死ぬわけにはいかない。


 父にも、母にも、謝れていない。

 両親は俺を最後まで信じてくれてたんだ。

 怠惰だった俺を、最後まで更生してくれると信じていたんだ。


 ――――――

 ――――

 ――


「ジン。またお前、授業をサボったのか」


 学校が終わる時間を見計らって家に帰ると父が玄関先で待ち構えていた。

 その頃にはもう呆れ顔で、内心何を言っても聞かないだろうと諦めていたのだと思う。

 それでも、父は最後の最後まで希望を捨てず、俺に頑張るように言い続けた。


「……テストなんて徹夜でやれば赤点回避できるんだから、良いだろ別に」

「今はテストの話をしているんじゃない。授業の話をしているんだ」

「学校なんて卒業できればそれでいいだろ。あんなところに学べるものなんて何もない」


 俺はそう言って部屋に戻ろうとする。

 しかし父はそんな俺をその巨体で遮った。


「……どいてくれよ、父さん。部屋に戻れないじゃないか」

「お前が今度こそ、授業を本気で受けてくれると約束してくれたら、どいてやる」

「あー、分かった分かったから。約束するよ」

「……ッ!? 本当かッ!?」

「うん、するする。約束するから、どいてくれよ」


 父は俺の言葉に心底嬉しそうにしていた。

 俺の、心にもない言葉に。

 俺の父は、英雄なんて持て囃されているが、実のところ単純な男だった。

 直情的で、人を信じやすく、人より努力できる男だった。


 そこだけ聞くと前世の俺みたいだが、圧倒的に違うのは、父には俺にはなかった才能があったというところだった。

 そして父は前世の俺と違い、自分の意見をハッキリ言える強さも持っていた。


 でも、結局のところ、俺はそんな父を裏切って授業をサボり遊び惚けた。


「ジン。俺はお前を信じていた。変わってくれたのかと、分かってくれたのかと思っていた」

「…………」


 父のその言葉を俺は黙って聞いていた。


「だが、お前は変わらなかった。何一つ、変わろうとしなかった」


 そこで父は少し黙った。

 その後の言葉を発するのは、いくら俺が穀潰しの無能だからと言っても、良心の呵責があったのだろう。

 しかし、そこまでしないと俺が変わらないと思ったはずだ。

 言葉だけでは何も解決しないと、父はそう考えたに違いない。


 だから父は――


「ジン。お前はもうこの家には用済みだ。出ていけ」


 そう言って俺を家から追い出した。


 ――

 ――――

 ――――――


 父の考えは正しかった。

 俺は家を追い出されて、社会の厳しさを知って、変わろうという意識が芽生えた。


 だから――俺は父に、両親に謝らなければならない。

 母にも随分と酷いことを言った気がする。

 ちゃんと、心から謝罪するまで、俺は死ぬわけにはいかない。


 魔力を制御するんだ。

 この奔流となって体の中を暴れ回る魔力を。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬッ!!」


 俺は痛みに耐えながら、必死になって魔力を抑えようとする。


 ――少し、痛みが引いた。


 いける。


 俺は更に意識を自分の内側に向け、魔力の制御に全神経を集中させる。


 ――更に、痛みが少し引いた。


「はあ……はあ……」


 徐々に制御できてきている実感がある。

 痛みが引いてきて、周囲の様子を見られるほどの余裕が出てきた。

 ユキハはこの場にはいない。

 しかしサーシャはいまだこの場に止まって、冷や汗を掻き、狂気を宿した笑みを浮かべながら、俺の様子を眺めていた。


「何だ、何なんだこれは……。コイツは……とんでもない逸材だぞ……。三つ分の魔力を早くも制御しようとしている……」


 サーシャの口ぶりからして、これで間違いではなさそうだ。

 俺は更に神経を集中させ、魔力の制御をこなしていく。


 ……徐々にコツが掴めてきた。

 痛みも大分引いていき、体もある程度は自由に動かせるようになってきた。


「ふう……」


 そんな風に一息つく俺を見て、サーシャは熱に浮かされたように言った。


「コイツなら……コイツなら、本当に私の願いを叶えられるかもしれない……」

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