第6話 師匠
——サーシャ視点——
ジンの特訓を始めから一週間ほどが経った深夜。
現在、サーシャは自分の作業場に篭もってジンの義手を作成していた。
カチャカチャと真鍮の擦れる音だけが響き渡る。
そんな時、コンコンと扉がノックされた。
「サーシャ様。起きていられますか?」
ユキハだった。
サーシャは作業の手を止めると肩を回し、返事をした。
「ああ、起きている」
その返事を聞いてユキハは部屋に入ってきた。
それからお盆に乗せた夜食を机の上に置いた。
「そろそろお腹が空いた頃かと思いまして、サンドイッチを作ってきました」
「……ああ、助かる。そうだな、そろそろ休憩にしよう」
そう言ってサーシャは椅子の背もたれに体重を預けて深い息を吐いた。
「……サーシャ様」
「どうした?」
ユキハがそう声をかけてきて、サーシャは振り返らずに問う。
そんな彼女にユキハは何処か微笑ましそうな声で言った。
「サーシャ様。近頃は楽しそうですね」
「……そう見えるか?」
「はい。どことなく生き生きとしているように思えます」
そのユキハの言葉にサーシャは黙って思考を巡らせる。
……確かにジンの特訓を始めてからというもの、自分の生活に張りが戻ってきたのを感じていた。
ようやく希望を見つけて一安心したというのと、彼のその圧倒的な才能と努力量にただひたすら心動かされていた。
「……アイツは……ジンは、化け物だな」
「そうですね。サーシャ様でも百年かけてようやく魔石五つだったと仰ってましたが、既に彼は四つ目の魔石を制御しようとしています」
そう。
ジンはその化け物級の才能を思う存分駆使して、今ではすっかり四つ分の魔石の魔力を制御しようとしていた。
ハイエルフであり、既に千年生きているサーシャからしても、その才能は類を見ないものだった。
「アイツは……恐ろしいよ。私なんてすぐに追い抜かされてしまいそうだ」
「でもサーシャ様はそれを望まれていられるのでしょう?」
「……はは、ま、そうだな。私ごとき超えられなければ、私の願いは達成できないからな」
そう言いながらサーシャは乾いた笑い声を上げる。
彼女はジンに、持てる全ての知識や技術を授けると言っていたが、本心ではそんなことは不可能だと思っていた。
だがそれでも、彼女からしてみれば、それしか願いを叶える方法がなかったのだ。
しかし、ジンはその諦観にも似た予想を遥かに大きく上回り、見たこともないような才能を見せつけてきた。
だからサーシャの心に余裕が生まれて、ユキハから楽しそうだと思われるほどには楽に出来ているのかもしれない。
「義手の進捗は如何ですか?」
「そろそろだな。おそらく明日か明後日には完成するだろう」
「そうしたら今度は身体能力の強化ですね」
「ああ。流石にあれだけ魔術の才能に特化していたら、剣術の才能があるとは思えないが……まあ、護身程度に教えるとするよ」
「それに義手の操作にも慣れないといけませんものね。慣れるには実戦が一番です」
ユキハの言葉にサーシャは頷いた。
それから……期待していなかった子供がここまでの拾い物だったことに、どうしてもサーシャの口元は半ば狂気に歪む。
確かに初対面からギラギラしたものを感じていたが、本当にここまでとは思わなかった。
ジンに逃げられないように所有物だなんて大それた事を彼に伝えたが、今では心からジンのことを縛り所有物にしたいという欲求に駆られてしまう。
ジンを自分色に染め上げたい、つま先から頭の天辺まで自分が支配したいという欲望が生まれるのを自分の中に感じ取っていた。
それほどまでに圧倒的才能があり、そしてそれを極限まで引き出す狂気的な努力量があった。
それが彼の全てであり、言葉にしてしまうと簡単なことのように思える。
だが、その質、量、共に、世界一を謳っても誰も文句が言えないくらいのものに仕上がっているとサーシャは誇張なしに思った。
しかしまあ……それは叶わない話だ。
いつか彼は自分の元を旅立つ日が来る。
そのことが今のサーシャにとって、耐えがたいことであった。
そのためにも、今まで長い歴史の中でも誰一人として成し遂げられなかったサーシャの願いを叶えて貰う必要がある。
だが、彼はそれを必ず成し遂げてくれるだろうという予感が、彼女にはしていた。
「ユキハ」
「どうしました?」
「ユキハから見て、ジンはどう見えている?」
ふと気になってサーシャはユキハにそう尋ねた。
ユキハはその問いに虚を突かれたように目を見開き、それから動揺するように言った。
「あっ……いえっ、別に何とも思っていませんよ! ええ、何とも思っていませんとも!」
その反応にサーシャは驚きを隠せない。
あの、拾った頃は他人に不信感と恐怖しか抱いていなかったユキハが、こんな反応を見せるなんて。
ユキハの心の中でどのような変化があったのかは分からないが、確かにジンには人を惹き付ける何かがあるように思えた。
何故ならそれは……そんなユキハの反応を見て嫉妬してしまう自分がいることに気がついたからだった。
自分が唯一気に入って手元に置き続けている孤児のユキハなのに、そんな彼女の仄かな恋心に大人げなく嫉妬してしまっている。
そのことはサーシャにとって違和感であり、また彼の放つ直向きで強烈な魅力の強力さを再確認することになるのだった。
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