第4話 魔力量

 サーシャの実力を見せつけられた次の日。

 俺は早朝に起き上がってベッドの上でストレッチをしていた。

 昨日の夜、サーシャに今日から特訓を始めると言われた。

 彼女が何のために俺を鍛えようとするのかはいまだに分からないが、強くなれるためなら理由なんてどうでもいい。

 俺はもう、誰からも見放され、孤独に一人で死んでいくのは御免なんだ。

 強くなり、力を手に入れて、人生を全うしたい。

 そのためには、利用できるものは何だって利用するし、今の自分に出来ることは何だってする。


 そんなことを考えていたら、扉がノックされた。


「起きていますか?」


 扉の向こうからユキハの声が聞こえてきた。


「ああ、起きている」


 俺がそう返事をすると、扉が開かれてユキハが顔を覗かせた。

 それから部屋に入ってきてこう言った。


「朝食を食べたらすぐに特訓を始めるみたいですよ。かなり過酷な特訓になるようなので、ちゃんと朝食を食べておくようにと、サーシャ様からの伝言です」

「分かった。あと少しでストレッチが終わるから、すぐに着替えてリビングに行く」

「はい! お待ちしております!」


 そう言うとユキハは部屋を出ていった。

 俺はストレッチを終わらせて、そそくさと着替えを済ませると、リビングに向かった。

 そこには既に二人分の朝食が並べてあって、ユキハが座って待っていた。


「遅れた。すまない」


 俺はテーブルに近づきながらそう謝った。


「いえ、そこまで待っていませんよ! それよりも、体調など、問題ありませんか?」

「ああ、すっかり良くなってるよ。ありがとな」

「いえ! 私に出来ることと言えば、それくらいしかありませんから!」


 やはり昨日、俺をここに連れてきてから治療をしてくれたのもユキハだったらしい。

 まあ、あのサーシャがここまで丁寧に傷を治してくれるとは思えない。

 俺の感謝の言葉に、謙遜して返事をしたユキハだったが、彼女には本当に頭が上がらない。

 そもそも俺を拾おうと思ってくれたのも彼女なわけだしな。


 俺は席についてユキハと朝食を取る。

 彼女の手料理は相当美味しかった。

 伯爵家であるウチのメイドたちよりも料理の腕は良いのではないだろうか?


 黙々と朝食を食べ、俺はユキハに案内して貰ってサーシャの待つ場所まで向かった。

 サーシャは小屋の裏に広がる小さな庭の草むらに座って瞑想をしていた。

 彼女は俺たちが来たことに気がつくと、ゆっくりと目を開けて言った。


「ようやく来たか」


 そう言いながらサーシャは立ち上がった。

 それから俺たちの傍まで来ると、俺の方を見ながらこう言った。


「それでは早速……と、そういえばお前の名前を聞いていなかったな」

「俺の名前はジンだ。家名もあるが……それは今は名乗るつもりはない」

「そうか。では、ジン。早速特訓を始める。と言ってもこれから一ヶ月は基礎訓練くらいなものだ。今すぐ高度な技術や理論などを教える、ということはない」


 サーシャはそこで一旦言葉を句切ると、ニッと笑った。


「だが、この基礎練がおそらく一番キツいだろう。ほとんどの奴がここで挫折した。それでもお前には耐えて貰うしかない」

「……ああ。覚悟はとうに決まっている。どれだけキツかろうがやってやるさ」

「いい意気込みだ。今日の午前中は魔力量を増やす訓練、午後からは身体能力の訓練をする」


 サーシャの言葉に俺は眉を顰めた。


「……魔力量を増やす、だと?」

「ああ、そうだ」

「魔力量とは全て遺伝で決まり、後から増やすことは出来ないと聞いているが」

「それはある意味で正しい。普通なら魔力量は増えることはない」

「じゃあ一体……」

「これから我々が行うのは、無理やり人体を書き換える作業だ。当然、それにはそれ相応の苦痛が伴う」


 なるほど。

 散々キツいと言っていたが、そういうことだったのか。


「で、具体的に人体を書き換えるとはどうやるんだ?」


 俺の問いにサーシャは懐から一つの小さな革袋を取り出した。

 更にその革袋から小さな石のようなものを五つほど取り出す。


「……それは?」

「これは高純度に圧縮した魔石だ。要するにここには大量の魔力が込められている。そしてこれを……」


 そう言いながら彼女はその魔石をパクリと口の中に放り込んだ。

 そのままゴクンと呑み込む。

 瞬間、サーシャの体からミシミシと軋むような音が響き、彼女の血管という血管がはち切れんばかりに浮かび上がった。


「ぐっ……これを、こうやって呑み込むと……込められていた魔力が全身に一気に行き渡る。こうすることによって……体内の魔力を保管する魔力胆まりょくたんや魔力の行き来を担う魔力管まりょくかんが広がるんだ」


 あの赤猿が出てきた時も飄々とした態度を崩さなかったサーシャが、荒い息をしながら、酷く苦しそうな表情をしている。

 やはり相当な苦痛を伴うということなのだろう。


「そしてそれを広げたまま維持をすれば、徐々に体がそれに適応していって体内に保持できる魔力量が増えていく。まあつまり、ずっとこの高純度の魔石を摂取し続けなければならないということになる」


 それは確かに脱落する連中が後を絶たないのも分かる。

 苦痛というのは、一時的なものよりも、持続する方がよっぽどしんどいものだからだ。

 しかし……持続的な苦痛、ストレスは前世で社畜だった頃から感じ続けていた。

 そんじょそこらの孤児たちよりかは耐性が身についていると俺は思っている。


「というわけで、やってみろ。……あ、ちなみに過剰に摂取をしてしまうと、魔力量に耐えきれずに体が弾け飛ぶことがあるから最初は一つで様子を見るのが良いだろう。ある程度慣れてくれば、三つまでならいけるはずだ」


 そう警告を交えながらサーシャは俺に革袋を手渡した。


 ……ふむ。

 ということは身体的には三つまでは許容できるということか。

 俺は何の迷いもなく革袋から魔石を三つ取り出すと、ひょいっと口に運んだ。


「あっ!? お、おいっ! いきなり三つも摂取したら廃人になりかねんぞ!?」


 そんな俺を見たサーシャが慌てたようにそう叫ぶ。

 しかし俺はそれをあえて無視して、口に含んだ三つの魔石をゴクリと飲み込んだ。


 ――瞬間。


 体が内側から弾け飛びそうなほどの激痛が襲いかかってくるのだった。

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