第6話 転生(2)
わたしは動けるようになった。
ミリアムが何かを唱えた瞬間、わたしの体を縦に通っていた柱のようなものが消失し、まるで糸を切られたマリオネットのようにその場に倒れた。
突然のことで何が起きたかわからず、ミリアムに助けられ座らせてもらった。
まるで深酒の介抱のように水を飲ませてもらう。
「モーリー。ようやくお話しできましたね」
ずっとニコニコのミリアム。
すごく癒やされる笑顔だがその意図は読めない。
知らない子からもらった水飲んでるし。
いや美味しいし可愛いからいいけど。
わたしは視線に疑念を含ませた。
「初対面ですけど……。それにこの状況はいったい……」
ミリアムはパンと手を叩いた。
何かにはっと気づいた様子である。
「ああ。やっぱりお忘れになっているのですね」
「? どういうこと?」
「わたくしが記憶をたどるお手伝いをして差し上げます」
そう言ったミリアムはまた杖を握った。
目を瞑って――と言われたので彼女に従う。
その瞬間、記憶の断片がわたしの脳に溢れてきた。
まるで道程を一つずつ紐解いていくように。
ばちっと目を見開いたわたし。
わたしと目があった姫さまは嬉しそうに微笑んだ。
「その様子ですと……思い出してくださったのですね」
人生に絶望して自殺を図ったこと。
現世と黄泉の狭間に迷い込んだこと。
そこで一人の女性と出会ったこと。
新たな生をもっ自死という罪を償わなければならないこと。
わたしが生まれてから、死んだあとまで。
すべて思い出した。
「ミリアム……! あのときの姫さま!」
「そうです。わたくしは正真正銘、以前あなたとお会いしたキーナリー王国第二王女、ミリアム・ロマノ=キーナリーです」
姫さまは座りながら実に丁寧に頭をさげた。
手を振って杖を消し、安心したように息を吐く。
「記憶を司る海馬に、あなた自身がアクセスしやすくする魔法が効きましたね」
「え、怖いです」
魔法って便利なんだなぁ。
しかしおかげで少なからず自身の境遇は理解できた。
わたしに課せられた業、それはエラクトバレンで人形のように存在しながら、ダンジョン踏破者の実績を保護魔法石に記録することだ。
それはわかったけど。
「なんでわたしは自我があるのに、さっき動けなかったんですか?」
自我の赴くまま行動できない。
マリオネットのように生を享受する。
「これがわたしの贖罪なの?」
上目遣いに姫さまを見上げる。
姫さまはかけてもないメガネをくいと上げた。
「まずは前提をお話ししましょう。モーリー、あなたは錬魔術によって生み出された魔導人形という扱いです」
いや姫さま。
「理解できない前提では困ります……」
「もちろん話します。焦らないでください」
姫さまはわたしの頬を撫でた。
わたしは魔法にかけられたように胸が高鳴って。
ちゃんと聞こえるようになった自分の心音がドクドクと喧しい。
「す、すみません」
邪念を振り払うように姫さまの説明に集中した。
ここは魔法が蔓延る世界。
魔法は“魔法石”に“気の力”を注いで使用する。
ただしいかなる神秘も実現できるわけではなく、あくまでこの世界で起こりうる現象を無から生み出せる力なのだと言う。だから「死人を生き返らせる」といったことはできない。
魔法は起こしたい現象を願うことで使える。でも、例えば火を使う場合、ただ「火を発生させろ」と思うだけでなく、具体的に「牛肉を焼くために良い塩梅の火を点けてほしい」と言ったほうがより求めた結果になる。
現象に名前、詠唱をつけたほうが尚良い。
練魔術はその前提のうえで、人智を超えた魔法を研究する学問および術式を指す。
言葉の元となったであろう錬金術を考えればまあ理解できるが、成果は芳しくないそうだ。確かに神の領域に手を出すのはなんか怖い。
ちなみに、さっき姫さまが使ったコンヴェルなんとかも錬魔術の一種らしい。
まあ姫さましかできないみたいだけど。
「……」
わたしは自分自身の体をまじまじと見つめた。
ただの一人の人間としか思えない。
これを人形と言われても信じないだろう。
わたしの顔に“半信半疑”と書いてあったのかもしれない。
「モーリーはわたくしの自信作です。わたくしが“魔導人形”だと言い張れば、モーリーをいくら人間だと思ってもその疑念を口に出す人はおりません」
胸を張った姫さま。
「はあ……」
そもそもわたし、モーリーじゃないけど。
森彩芽なんだけど。
英語圏的な命名ルールなのだろうか。
てか、このままでは話が進まない。
わたしは頭を振って「それで?」と続きを促した。
「この世界はざっくりわかりました。なんでわたし人形というテイなんですか? 姫さまは白い空間で、わたしに『生をもって償え』と言った気が……」
「疑問はもっともでしょう。ハッキリお答えいたします」
姫さまはニッコリと微笑んで。
人差し指をピンと立てた。
「レオノーラを除くこの世界の全員に、あなたを人間だと思わせないためです」
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