第5話 転生(1)
……はっ!
わたしははっとして目覚めた。
なんだかよくわからない夢を見ていた気がする。夢の中身は一切覚えていないのに、ヘンテコな夢だったという輪郭だけ記憶している。
そういう現象はよくあることだが、何となく気持ち悪さを抱く。
わたしはぐいーっと背伸び……。
できなかった。
どれだけ踏ん張ってもびくともしない。
まるで他人の体なのかと疑ってしまうくらい。
もしかして金縛り?
……違う、そうじゃない。
そもそもわたしは。
死んだはず。
わたしは紛れもなく
でもそれ意外になにも思い出せない。
ここはどこ?
なにこれ?
体の左側面に仄かな光源を感じるだけで、この場所に見覚えがない。
声も出ない。
目も動かない。
五感はあるのに、できることがなにもない。
自身が置かれた境遇に困惑していると。
人が近づいてくる気配がした。
その気配だけが徐々に大きくなる。
隣の光源がより一層眩い光を放ったような気がした。
同時、重たい音とともに前方の門が開き。
五人の女性が姿を現した。
暗い髪色の長身女性を先頭にぞろぞろとやってくる。
この人たちに状況を聞けるかも……!
一縷の期待を抱いたけど、事態は何も好転しなかった。
人が来たら話せるという仕様ではないらしい。
わたしは落胆した。
ガックリと肩を落としたつもりである。
しかし一同はそんなわたしには目もくれず、隣の光源を前に立ち止まったようだ。
顔を動かせないから声しか聞こえない。
「ネリア。ご苦労様でした。感触はどうでしたか?」
「ちょうどよい塩梅だと思いますミリアム殿下。さらに『ダンジョンを進めるにつれ敵が強くなる』という固定概念を覆す、遊び心のようなものも感じられました」
ミリアム殿下?
ダンジョンに敵?
ここは日本ではないのかな。
置かれた状況のヒントを得るべく、いかなる声も聞き漏らさないように注意する。
「余が調整を指揮したのだ。敵が毎回ランダムな仕様にしたのも、王国民の踏破意欲を高めるだろう。まあ、午前・午後一回ずつなのは許してほしい。どうしても敵の配置に時間がかかってしまうからな」
「ジェルトルーデ宰相、もちろん承知しています。わたくしの希望である、女性限定ということにもご同意くださったのですから。陛下にも謝辞を」
「私からもファンティーヌ陛下の柔軟なご対応に感謝申し上げます。これだけ大きな魔法石の調達には、さぞ労苦をおかけしたことでしょう」
「礼には及ばぬレオノーラよ。いくら殿下といえども、最大級の魔法石を秘密裏に運搬するのは難しかろう。朕の管理下ならば柔軟に対応できると判断した、それだけのことだ」
幸いにも訪れた五人の声は、みな聞きやすくて助かった。
しかし、彼女たちの会話に見出せるものは皆無。
馴染みがないフレーズばかりで参考にできやしない。
わたしはため息を吐いたつもりだ。
何の反応も示されないが。
まるでわたしなんていないかのように一同の会話が進む。
「さあネリア。さきほどの説明通りお願いします」
「承知いたしましたミリアム殿下」
何が始まるのかな。
漠然とそう考えていた矢先。
わたしの視界の端に女性が一人立っていた。
さきほど先頭を歩いていた女性。
視線はわたしに向いている。
へ?
急にわたし?
ずっと空気みたいに扱われていたのに?
困惑をさらに深いものにした瞬間。
《踏破おめでとうございます。あなたの功績を記録するため、中央の保護魔法石に触れてください》
別の女性の声が聞こえた。
……じゃない!
あれ⁉
なんだいまの感覚⁉
今のは間違いなくわたしの声。
勝手に唇が開き、声帯を震わし、言葉を紡いでいた。
な、なんだ。
何が起きているの。
さっぱり理解できない。
しかもわたしの目線は、背筋を伸ばして移動する女性を追っている。
あれだけ力を込めても動かなかったのに。
わたしの意思ではなく、まるで何らかのトリガーによって決められた動作しかできない人形のように。
いつの間にか、わたしの体勢は光源を向いていた。
そして女性が光源に触れた瞬間。
光源が大きく輝き、空中に文字が浮かび上がってきた。
教科書で見た象形文字のようで何も読めない。
なのに、内容は理解できていた。
ネリア・ゾルネード、20歳。
踏破総時間:47分、踏破ランク:A+。
わたしがその文字が表すであろう意味を理解したことが、また別のトリガーになったのだろうか。
わたしの意識外で頭が縦に触られた。
突然のことでちょっと首を痛めた。
《確認いたしました。ビジョンに基づき踏破証明書を発行いたします》
いや確認してないけど。
わたしの意識は蚊帳の外。
体が勝手に動いて、右手が光源に触れた。
待機すること実に数秒。
プロジェクターから投影されたような文字が光源に集約され、それらが触れているわたしの右手を通り、わたしの左手に動いたように見えた。
なぜこの現象を詳細に説明できたのか。
謎の違和感がわたしの上半身を駆け巡ったからだ。
そしてそのとき、わたしは魔女の代名詞と言える棒を左手に握っていることを知った。さらに、わたしが持つ杖の先端が光源と同色の光を帯びた。
視界の端に唯一確認できたのは、わたしの杖から光が伸びて、ネリアだと思われる女性の手元に紙きれ一枚を“無”から創造したということだけ。
《これで以上となります。私に触れて「帰ります」と言えば、本ダンジョン地上入り口までお戻しします》
その動作を最後に、わたしは木偶の坊に戻ってしまった。
光源の輝きを感じながら前をみつめるだけの存在に。
わたしは一体なんなんだ……。
頭を掻きむしりたい衝動に駆られていると。
「おぉ~っ!」
一同から拍手が巻き起こった。
キャッキャした楽しそうな声が響く。
「ミリアム殿下。問題なく作動しているようで、私、安心いたしました!」
「ええ。わたくしも嬉しく思います。これが帝国と王国の和平を結ぶ第一歩になることを切に願っております」
「王都から離れていることが、挑戦を渋る要因にならなければいいと思いますが」
「それはわたくしのプロモーション次第。道中も試練になるのです。この『試練の最果て“エラクトバレン”』においては」
またよくわからないフレーズが飛び出した。
でもなんとなく掴めた概要といえば。
ここは魔法が普通にある国のエラクトバレンというダンジョン。
隣の光源はエラクトバレン踏破実績を記録するための媒体、保護魔法石。
わたしは保護魔法石を管理するためだけに存在する人形。
……。
やっぱり理解できない。
一同はわたしの動作含め成功だと喜んでいたけど。
そもそもなぜわたしは自我があるの?
本物の人形を配置すればいいのに。
わたしである必要はないのに。
抱く疑問や心のモヤモヤは晴れないまま。
一同の会話はお開きムードだった。
「あとはわたくし主導で新ダンジョン設立を宣言いたします」
「ボクはなにをすればいいの?」
「お嬢は何もしなくて結構です。それとあなたは朕です」
「そうだった。じゃあミリアム殿下、くれぐれも頼む」
「はい。わたくしにお任せください」
「それではそろそろ地上に戻りましょう」
誰かの呼びかけで一同がわたしの眼前にやって来た。
はじめて五人全員のご尊顔を拝見できた。
わたしの人生においてトップ5にランクインした顔面偏差値の女性たち。
どういう説明をすればいいのかわからないけど、わたしは五人の美しさ、可愛さに一発KOだ。
この興奮を本人たちに悟られずに済んだことを感謝するほど。
人形じゃなかったら、わたしは鼻息を荒くしていたはず。
人間だったなら、わたしはつい手を伸ばしていたはず。
変態にならなくてよかった。
わたしがほっとしたのも束の間。
一同は、自発的にわたしの体に触れてきた。
ドキリとした。
……いや。すぐに考え直す。
私に触れて「帰ります」と言えば――。
つまりボディタッチがトリガーになるということ。
別にわたしに魅力を感じてくれたわけじゃない。
ガッカリである。
しかし、触れている手は四本だ。
一人分足りない。
「ミリアム殿下。いかがなさいましたか?」
それは金髪の美しい女の子だった。
ミリアムと呼ばれた子がにこりと微笑む。
「NPCの調整をしたいのでみなさまはお先にお戻りください」
「では某もミリアム殿下を護衛いたし……」
「結構です。ありがとうネリア」
踏破者のネリアの言葉を遮り、ミリアムは一歩後ずさった。
その姿に、他の四人は無言で従った。
「帰ります」
四人の声が重なった。
次の瞬間、わたしの杖が光って触れていた四人の姿が消えた。
どういう仕組みなの……。
何歩も置き去りにされているわたし。
この場にはわたしとミリアムの二人きり。
殿下と呼ばれていたし、相当高い身分の人だろう。
そんなお方が、なんでダンジョンを踏破した女性の護衛を断ったのか。
考えれば考えるほど迷い込むような。
そんな気分になっているとき。
ミリアムは何もないところから杖を出現させた。
うわ、あれ誰でもできるの……。
そのままわたしめがけて。
華奢な腕で大きな杖を振りかざした。
「汝の御霊は我が掌中にあらん。ヒプロ・ゼ・コンヴェルスィオン」
透き通る声でなにかを唱えた刹那。
「え……」
わたしはその場にくずおれた。
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