第4話 王女と皇帝の密会(3)
帝国側の意図を理解したレオノーラの眉根が寄った。
彼女は声色を沈めてジェルトルーデを見据える。
「……ほう。貴国は我らがキーナリー王国第二王女、ミリアム殿下に反乱分子の処刑のほう助を直訴すると? 正しい外交のあり方とは到底思えませんが?」
レオノーラはジェルトルーデにしかと言い放った。
ミリアムが言いづらい言葉を代弁するように。
これはあくまで“出しゃばった補佐官の意見”だと言い訳を作るため。
王女を守るため、レオノーラがミリアム付きになってからずっとこの姿勢だ。
「宰相、どのようにお考えでしょう?」
レオノーラの鋭い指摘にジェルトルーデの言葉尻が弱くなる。
「それは重々承知しておりますレオノーラさま。我ながら不躾かつ失礼極まりない要請で申し訳なく思っている。 ……だが、それは貴国にも利益があると理解しているからこそ、無礼を承知でこのように申し出ているのです」
ジェルトルーデの視線はミリアムに向いていた。
レオノーラからも見つめられる。
「……」
ミリアムはしばし逡巡したのち。
レオノーラを手で制止しコクリと頷いた。
「聞きましょう」
ジェルトルーデの表情がにわかに弛緩する。
感謝いたします――と断って人差し指を立てた。
「踏破情報の記録および挑戦者を致命傷から守る役割の保護魔法石を、最深部に設置します。踏破記録は自らの軌跡として周囲と共有できる。それが冒険者間に競争原理を生み出し、より良い評価を目指すため鍛錬に励むでしょう。個々人の鍛錬はやがて国力増強につながり、魔物討伐に出向いた女性が返り討ちに遭う痛ましい事件も軽減する。また、帝国民は『死ぬまい』と冒険者に全力を持って対抗してくると思われます。対人戦闘の経験を積めるのです。キーナリー王国はいま以上に諸外国との外交で強く出られる。名実ともに世界最高の権力と戦力を有する国になるでしょう」
ミリアムは彼女の言葉を噛みしめた。
ポーカーフェイスを貫いたまま紅茶を一口啜る。
「それで、帝国内ではどう進めるおつもりで?」
「我々は殿下との協力関係は伏せ、あくまで皇帝陛下の慈悲により『他反乱分子の情報収集の一環で、特別施設にて拘束・拷問される』と公布します。混迷の最中にあるため、穏健派でも理解を示すだろうと考えています。そのうえで拘束された民が死んでも、陛下まで悪評は及びません。それこそ“弱き者が淘汰された”だけに過ぎない。陛下にも『拷問容認』という冷徹な姿勢があると思わせれば、帝国復権派の動きも抑制できると踏んでいます」
お互いに有益となるのです――。
ジェルトルーデはそう言って紅茶を飲んだ。
彼女の提案、ひいては帝国の現状を聞き終えたミリアムとレオノーラ。
二人は顔を見合わせた。
両者とも苦々しい表情をしていた。
ミリアムは首を横に振った。
「素直に頷くことはできませんね」
「ミリアム殿下に同じく」
すかさずレオノーラも口を挟んだ。
「仮に挑戦者や国民にその本質を秘匿できても、それは貴国が忌避している死刑執行の責任転嫁に他ならない。愛する国民に強いることはできませんな」
ミリアムらがあり得ないと一蹴した途端。
ジェルトルーデはテーブルに身を乗り出して声を荒げた。
「そこをなんとか頼む! お互いの和平への一歩なのだ!」
「る、ルーデ!」
冷静沈着なジェルトルーデの意外な姿を目の当たりにし、ファンティーヌは慌てて彼女の熱を冷ますように肩を叩いた。
しかしジェルトルーデは大切な主君の制止を振り切った。
「現在過激化している帝国復権派に陛下の敏腕を見せることができれば、穏健派の更なる台頭に光が差すでしょう。穏健派に属する帝国の女性たちは、ファンティーヌ陛下に“和平”の希望を見出しているのだ。700年の悲願がファンティーヌ陛下にかかっている! 陛下の道にはミリアム殿下! あなたが必要なんです。余だけでは……力不足だ」
そしてジェルトルーデは立ち上がった。
ミリアムの隣に移動し床に正座する。
「ご一考をお願いいたしますミリアム殿下。余は、余は……ミリアム殿下とファンティーヌ陛下を太陽と月だと信じている。分断された国を一つにまとめる“光”だ」
ジェルトルーデは床に額を擦りつけた。
彼女が抱くあまりにも大きな希望と覚悟。
その場にいる三人は、床に額をつけながら何度も「お願いします」と叫び続けるジェルトルーデをただ見つめていた。
やがてミリアムは彼女の肩を優しく撫でた。
同じように床に膝をつける。
「ジェルトルーデ宰相、顔をあげてください。お気持ちはいたくわかりました。わたくしたちにそんな希望を抱いてくださっているとは、大変嬉しく思います」
ミリアムはジェルトルーデを椅子に座らせた。
ファンティーヌが、肩で息をする彼女の手をぎゅっと握る。
そんな二人の姿を温かい目で見つめ、ミリアムは一つ決意を胸に秘めた。
「しばしレオノーラと二人で話をしても?」
「構いません」
帝国の二人に断りを入れたミリアム。
レオノーラを連れて部屋の角に移動する。
しばし小声で話し合ってからテーブルに戻ってきた。
ミリアムは、緊張した面持ちで待つジェルトルーデに微笑んだ。
「受け入れましょう」
瞬間、ジェルトルーデの表情が少女のように華やいだ。
テーブルを周りこんでミリアムの手を取ってくる。
「ありがとうございます殿下! このご恩、どのように返せばいいものか……!」
「お礼はわたくしが期待に応えた時、改めてしてくださいな」
泣いて喜ぶジェルトルーデの傍ら。
ファンティーヌもへへへと笑顔になった。
「ミリアムごめんね。ボクが迷惑かけちゃって」
「いいえ。これもファンちゃんや宰相を想ってのことです。お互い様ですよ」
ジェルトルーデを席に戻し、ミリアムはパンと手を打った。
「レオノーラ。あとは頼みますよ」
承知しました――とミリアムから注目を引き継ぐレオノーラ。
彼女はサングラスを外し、自身の役目を淡々とこなした。
「本件の概要は宰相の説明通りだと思います。詳細のブラッシュアップは、複数回の打ち合わせを経たうえです。第一回目の打ち合わせは明後日同時刻、王国および帝国それぞれの視点から考えたプランを発表し合いましょう」
ジェルトルーデは大変満足そうに頷いた。
「異論ありません。ご尽力に感謝いたします」
「また明後日遊びに来ていいの?」
キョトンとした顔でファンティーヌがミリアムに問いかけた。
ミリアムは立ち上がりつつ彼女に微笑む。
「また明後日会いましょう」
全員がそれぞれ握手を交わし、ミリアムが応接室の扉をコンコンとノックする。
すぐにネリアが扉を開けてくれた。
お疲れ様でした――とネリアが四人に一礼。
ミリアムは彼女に微笑み、すぐファンティーヌに向き直った。
「帰りもネリアに送らせましょう」
しかしミリアムの気遣いに、ジェルトルーデは手を振った。
「いや、それはさすがに丁重にお断りいたします。もう我々だけで帰れますよ」
「そうですか……。では道中、くれぐれもお気をつけて」
「またねミリアム! おやすみ~」
「おやすみなさい、ファンちゃん」
ジェルトルーデの後を追うようにファンティーヌが駆けていく。
こうして、女性四人による密会は幕を下ろした。
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