第5話 あなたを待っていた

この学校の校舎裏と言える場所は年中薄暗く、人があまり寄り付かない場所にある。

中学の頃からこの校舎で生活しているけれど、わたくしもあまり行ったことがないの。

そんな場所に行ってみると、茶髪の、他にあまり特徴のない男子が一人で立っていた。

「この封筒、あなた?」

手に持っていた封筒を掲げながら聞いてみると、俯いていた彼がパッと顔を上げた。

「宮里さん!」

「宮里ですけれど。ご要件は?手短にどうぞ。」

この子、犬のようだわ。なんだか鈴みたい・・あれ、そういえば・・

「僕、朝比奈です!中学も一緒でした!」

そう、この子、中学から一緒だったわ。すっかり忘れてた。

「なんとなく覚えているわ。ご要件は?」

「う、え、っと・・」

再度聞き直すと、彼は一度視線を下に向け、空を彷徨わせてから、赤い顔でわたくしに向き直った。

「僕!中学の頃から、ずっと宮里さんのことが好きでした!」

「・・」

「よければ、僕の彼女になってください!」

「ごめんなさい」

ズバッ、と勢いよく差し出された手。わたくしは間髪入れずに返事を返した。

彼のこと、よく知らないんだもの。

「なぜ高校の入学式の次の日に?中学の卒業式で良かったのではないの。」

なんだか、シュンとした様子がうちで飼っている犬に見えてしまって、思わず会話を繋いだ。

「えっと、それは・・僕、中学の卒業式の三日前にインフルにかかりまして・・高校の入学式も変かなーと思ったので・・」

それに、と彼は続ける。

「宮里さんが僕を見ていないことはわかってたので。だったら一度玉砕して、意識してもらったほうが良いと思って!」

なるほど。意外とちゃんとした考えがあったのね。

「あなたの言うことは一理あるかもしれないわ。わたくしが誰かを好きになることができるのかは別として、よく知りもしない方とはお付き合いしようと思えないもの。」

一刀両断するように言うと、何故か彼はパアッと顔を輝かせた。

「ということは、まずは友達になれってことですか!?️」

「ええ、まあ。ポジティブに捉えるのなら。」

「では、僕とお友達になってください!」

再び勢いよく手を差し出す彼。そうね、付き合う付き合わないは別として、わたくしも鈴と甘原以外の友達をいい加減に作るべきよね。

そう思って、彼の手に自分の手を重ねようとした、その時だった。


わたくしの横から、灰色の髪が現れたのは。


「ひどいなぁ、つばきって。会えないからって浮気しようとしてる。僕はこんなに近くにいるのにね」


・・ああ。初めて聞いた声だけどわかるわ。


あなただ、って。


髪色も、目の色も、わたくしが好きだった彼そのものだから。

やっと、会いに来たのね。


「え!っと・・誰、ですか?」

予測していなかった存在の登場に、困惑しきった顔の朝比奈くんが目に入った。

そういえばわたくし、彼から告白を受けていたのだったわ。

ちゃんと返事をしておかなければ。

「ごめんなさい、朝比奈くん。わたくし、あなたとはどれだけの時間がかかってもお付き合いすることはできないみたいだわ。」

間に入ってきた灰色を避けながら返事をすると、物わかりの良い彼は肩を落として、

「でも僕、諦めませんからね!あと、お友達にはなりましょうね!」

では、失礼します!と、駆けて行ってしまった。

なんだか、申し訳ないことをしたわ。

そしてわたくしは、この場に急に現れた彼に目を向けた。


「さて、と・・遅すぎる登場ですこと・・一体どれだけ、わたくしを待たせるつもりだったの?あなた、昔からわたくしのことなんてわたくし以上に知っていたでしょう。」

「つばきも、僕よりも僕のことを知っていたね。」

軽く睨むようなわたくしの視線をものともせずに笑って答える彼。まさに、わたくしの知る彼そのものだわ。

「ねえ、あなた。わたくしのことを先程から、つばき、と呼んでいるけれど、今は別の名前かもしれないわよ?」

「そうだね。でも今のキミの名前はつばき。正解でしょう?」

昔から彼は、妙に鋭いところがある。わたくしたちのお別れも、最初に悟ったのは彼だった。


「今のわたくしは、宮里つばき。覚えておきなさい。・・あなたも教えてくれる?

・・・・ツキ。」


久しぶりに当人に向けて名前を呼ぶと、彼は嬉しそうに笑った。


「今の僕は、氷室ミツキ。ツキって、呼んでほしいな。」


昔と変わらぬ灰色の髪に、サファイアの瞳。

テディベアだった頃にはわからなかった、優しげな目元と白い肌。

わたくしたちの再会を歓ぶように、柔らかな春の風が吹き抜けた。

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