第13話 実のない謝罪は嫌いなのよ。
街道を走る馬車の中。向かいに座ってそわそわと身体を揺らして外の景色を見るアリアの顔に、目映い夏の陽光が照り返す。顔の傷以外には無頓着なお馬鹿にそばかすが出来るのも癪だから、つい窓のカーテンを半分引いた。
すると慌てて「あ、師匠は焼けたくないんでしたね。気がつかないでごめんなさい」と全部閉めようとした手首を掴む。不思議そうにこちらを見つめるクルミ色の瞳に「閉めきったらつまらないわ」と言えば、アリアは「良かった。同じこと考えてたんですよ」とはにかんだ。
「この辺りの道って全然分からないんですけど、今どこら辺なんでしょうか師匠」
「呼び出された場所が貴族達の保養地だから、あと一時間くらいよ」
「へ~、街から結構遠いんですね」
「保養地が街から近かったら保養にならないでしょう」
「そっか、それもそうですね」
深く頷いて簡単に納得する姿に呆れつつも、すぐに視線を窓の外に向けてはしゃぐアリアの楽しげな横顔に苛立ちも失せた。森以外の外の景色を知らないこの子にとってはまたとない外出の機会なのだから。
一昨日ギルドの医務室で、しっかりとした謝罪の場を設けるまで二日時間が欲しいと彼女は言った。何で謝罪される側が待ってやらないといけないのかとは思ったけれど、あの場でさらに揉めるのが面倒でもあったし、アリアを早く休ませたかったこともあって承諾した。
クオーツはつれ歩くには目立つから森で留守番させているが、首飾りはつけさせて来たから何かあれば喚び出して帰ればいい。そんなことを考えながら、屋敷の住所まで迎えに寄越された馬車に揺られること一時間半。
馭者に指し示された小さいけれどなかなか趣味の良い屋敷の玄関先に立ち、呼び鈴を鳴らすこと数回。屋敷の中から小さな悲鳴が聞こえたことにアリアが心配そうな表情を浮かべた。
悲鳴が上がってからやや待たされたものの、ドアノブが無事に動いて中から若草色の瞳に赤みがかった茶色の髪の女が現れる。彼女はあたし達をみとめるやカーテシーをしようとして……止めた。それはあたし達が貴族ではないからという以前に、彼女の今の装いでしたところで格好がつかないからだろうと予想がつく。
仕立てこそ良いけれど町娘のようなワンピース姿は少し奇妙に思えたが、事前にジークから聞いていた話のおかげで顔に出さずに済んだ。
「あの、本日はいらして下さってありがとうございます。奥へどうぞ」
ドアを開けるなり視線を下げる姿に、今更殊勝な態度になられても少し遅いと感じた。もっと早くこの態度になっていてくれればどれだけ良かったことか。内心溜息を吐きつつ屋敷内に足を踏み入れたのだけれど――。
「あ、空いてる場所におかけになって下さいませ。お茶の用意をして参りますわ」
屋敷の廊下を歩いている時から薄々感じていた。彼女とあたしは不服にもある一点が酷似していたのだ。
「そうは言ってもね……座れる場所なんてあるの? 仮に座れたとしてもお茶が出来るようには思えないんだけれど」
招いておいて部屋の中に座れるような場所はない。アリアがいなければ人のことを言えた義理ではないけれど、それにしたって貴族の令嬢の住む屋敷にしては酷いものだと思う――と、すぐに隣からこちらをじっとりと見上げてくる生意気な視線とぶつかった。
「え、師匠がそれを言います? あるじゃないですか。ソファーに三人座れそうな場所が。テーブルの上も積んであるものを平らにしたらお茶のトレイをおけますよ。それに本が多いのは勉強熱心な証です。ギルドの仕事をしながら勉強なんてなかなか出来ませんよ」
三日前あんな目に合わされておきながら相手を庇うだなんて馬鹿弟子……いえ、我が弟子ながら暢気なものだとは思う。急に話を振られたレイラ嬢も驚いたように瞬きをし、やがて小さく「ありがとう」と礼を言った。
「いえ、本当のことですから。これって魔術師になるための勉強ですよね。すでに魔法が使えるのにまだ上を目指すのは、とても格好良いです」
「貴女……本を見ただけで分かるの?」
「師匠の蔵書にも似たような題名のものがありましたから。魔法使いの人向けというより、魔術師の人向けなのかなと思ったんですよ。ほら師匠、これなんか見覚えありませんか?」
そう言って雪崩を起こしていた本の中からアリアが一冊の本をこちらに寄越す。表表紙と裏表紙を見てもすぐには分からなかったが、背表紙の題名には見覚えがあった。つい「これの改訂版って出てたのね」と呟くと、アリアは得意気に「ね?」と勝ち誇って笑う。歳が近い同性の傍でちょっと調子に乗っているようだ。
「そうね、それじゃあこれを慰謝料代わりにもらっていこうかしら」
「え!? あの、それは――、」
「大人気のないこと言わないで下さいよ師匠。凄い付箋の数じゃないですか。大事にしてるんですよ」
「それくらい見れば分かるわよ。大切にしてないものを慰謝料代わりにもらってどうするのよ」
「分かってて言うのは尚更悪いですってば。すみません、レイラさん。こういう人なので気にしないで下さい」
「魔力もほとんど持ってないお人好しのお馬鹿のくせに、師匠に向かっての口のきき方がなってないわねぇ。ま、良いわ。それよりも今日ここに来たら、もう二度とあたしに付きまとわないと言ったわね。魔道契約を交わすのかしら?」
魔道契約とは文字通り魔力を持つもの同士が結べる最も強制力の強い契約のこと。あたし達にとって魔力は血と肉のようなものだから、それを反発し合うように特殊な呪いを当人同士でかけあう。
交わしたからといって直接命にかかわることはないものの、近付けば加害者側の身体にかかる魔力負荷が激しい吐き気やら眩暈となって現れる。被害者側は当然何も負荷はない。
見つめる先で彼女は項垂れ、あれだけつきまとった人間と同一人物とは思えないしおらしさで「はい……お二人には、ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。その姿から疲れているからだけでなく、本来は大人しい娘なのだと窺わせる。
ずっと疑問だった。一目惚れというには必死すぎる様は、恋だの愛だの以前に狂気を帯びて。ギルドでの依頼の受け方も何かを紛らわせるように見えたから。
「ジークに聞いたわ。貴女、一方的に婚約解消されたそうね。その時からずっとあの汚いギルドに入り浸って仕事を受けていたそうだけど、だとしたら元婚約者への未練を吹っ切るためにあたしに執着したのかしら?」
あたしの言葉に驚きで目を丸くするアリアとは対照的に、唇を噛みしめて震えながらワンピースの裾を握りしめる彼女を見下ろす。こんな面倒事は、さっさと禍根を消し飛ばして終わらせてしまいたいのよ。
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