第12話 夢と現実の板挟み。
耳鳴りがする。
ゴウゴウともビュウビュウともつかない。
『 !!』
どこかで誰かの声がした。ひきつれるような声。
悲鳴をあげすぎて掠れたあれは……誰の。
違う、あれは…………【 】の、声。
――……後頭部にフカフカとした枕の気配を感じて、朝の仕事を一段落させた気持ちでいた分、かなり落胆しながら目蓋を持ち上げたのだけど……枕元にいたのは、やや厳しい表情をした師匠だった。
「おはようアリア。どこか痛むところはあるかしら?」
「……師匠……」
私はまだ寝ているのかもしれない。そうでないと師匠より起きるのが遅かったことになってしまう。考えのまとまらない頭で何とかそう答えると、師匠が表情を緩めて熱を計るように額に掌を当ててくれた。変な夢だけど役得かもしれない。
そんなことをチラリと考えながらぼんやりとされるままになっていたら、不意に「ギュグー……」と声がして。次いでお腹にポフッと何かが飛び乗ってきた。視線を師匠からお腹の方に動かしてみると、何かの正体はクオーツだった。
そして思い出されるこうなる前に見た最後の映像。こちらに向かって飛んでくる観葉植物の大きな鉢植えだ。痛みがないということは直撃は免れたらしい。そう思いつつお腹の上のクオーツを下ろしてベッドから起き上がると、微かに顔の傷がひきつれて痛んだ。
「そうよ。こんなに美しい顔の人間がそうそういるはずないでしょう。あと、あたしはあんたに〝痛むところはあるかしら?〟って訊いたのよ。答えなさい」
続く師匠の圧を感じる発言にすぐにこれが現実の出来事なのだと考えを改め、ここが自室でもなければ城でもないことを尋ねるより先に「顔の傷がひきつれて痛いです」と、素直に自己申告をする。
その直後に鋭い舌打ちをされてしまい、謝ろうとしたところで「あんたに向けたわけじゃないの。それは後で処置してあげる。他には何があったか思い出した?」とさらに問われた。
「師匠の追っかけの女性の魔法に巻き込まれて、鉢植えが吹き飛んできたと思うんですけど……私、無傷っぽいですね?」
ジークさんの必死な声を聞いたことも相まって、間違いなく当たったと思った。だというのに顔の傷跡が痛むのはどういった了見だ。すると師匠は私の腕の中にいるドラゴンと胸元で揺れる首飾りを指して、何でもない風に「それならクオーツが消し炭にしたわ。流石はあたしね。術式は完璧よ」と言った。
鉢植えと言えども一応ギルドの所有物。致し方なかったとはいえ器物損壊をしてしまったということは、給金からの天引になるのだろうか。
その可能性にゲンナリしていると、まるで見透かしたように師匠が「あんたは被害者なんだから、加害者側に弁償させたわよ」と言って笑った。腕の中ではクオーツが「ギャウッ」と鳴いて胸を張っている。撫でろというように頭を差し出してくるので応じながら、ベッド脇に座る師匠に質問をすることにした。
「師匠、あの人はどうなるんでしょう?」
「勝手にあたしの顔に夢中になって、挙げ句の果てにギルドの玄関ドアを魔法で破壊。他人のあんたに怪我をさせるところだった。少なくともここのギルドからは除名されるでしょうね。馬鹿な子よ」
吐き捨てるような冷たい声音だ。炎の色をした双眸まで同じくらい冷たい。ジークさんとの会話以外で、あまりこういう声を聞くことはないので驚いた。
それに同情するわけではないけれど、相手の女性は師匠のことが好きすぎて暴走しただけだし。私は汚城の掃除婦として同居しているけど、仮に同じ立場だったら、会いたさに過激なこともするかもしれない。だから少しだけ好きな人にこんな風に言われる彼女を思って悲しくなった。
でも師匠は迷惑しているわけだから……と、不意に傷のある方の前髪が避けられて。朝の再来とばかりに師匠の唇が触れた。ジワジワと体温が上がるのは、分け与えられる癒しの魔力のせいか、それとも――。
「おーい……お取り込み中申し訳ないんだがよ、医務室とはいえここ一応ギルド内なんだがなー」
「はあぁぁあぁい!?」
「うるさいわよ、馬鹿弟子っ。あんたはあたしの鼓膜を破る気なの? ジークも気配遮断とか使ってないでノックくらいしなさいよね」
「つってもお前さんはオレの接近に気付いてただろうに」
「あたしはそうでもこの子は分からないのよ。ほら、治療は終わり。さっさと立ちなさい。帰るわよ」
耳を押さえた師匠に軽く額を叩かれてそう促され、クオーツを抱え直してベッドから立ち上がる。その私の腕の中にジークさんの視線が注がれた。
それを察した師匠が「これはただのペットのトカゲよ。良いわね?」と滅茶苦茶な先回りをしたけれど、意外にもジークさんは肩をすくめただけだった。絶対に鱗の二、三枚寄越せとか言われると思ってたのに。
ただその代わりに廊下へ向かって誰かを呼ぶような仕草を取ったジークさんに、師匠が胡乱な表情を浮かべ――……おずおずと現れた人物の姿に対して、さらに盛大に眉を顰めて見せたのだった。
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