第11話 豪快に愛を乞う人。


「何だお前さん、今日はまた随分と御大層なアイテムつけてるな」


 掃除を終えてお給金の中身を確認している最中にジークさんにそう声をかけられて、手許の給与袋から顔をそちらに向けた。


「これのことですか? 師匠が作ってくれたんです」


 襟の中に隠れるよう身に付けていた首飾りを指差され、やっぱり食い付かれたかと思いつつ、パッと見ただけでこれが気になるとは流石ギルドマスターだと少し感心する。あと、どこ見てるんだ、とも思ったけど。


「そうそれだ。小さいけどドラゴンの鱗だろう? どこで手に入れたんだよ」


「師匠が『あいつは目敏いから絶対に出処を知りたがるでしょうけど、親しくないオッサンの質問になんか答えちゃ駄目よ』って言ってました。なのでジークさんには教えてあげません」


「あーはいはい。そう言うだろうと思ってたよ。お前さんは本当にあいつの言うことに忠実だよな。ったく、オレは一応雇い主だぜ?」


 こちらの返答にぶつくさ言うジークさんが目敏く見つけたのは、私のつけている小さいドラゴンの鱗で出来た首飾りだ。緋色の貝殻のように輝きを放つ全部で七枚連なっている鱗の表面には、それぞれに転移の魔法陣が描かれている。


 ただし私が飛ぶのではなく、鱗の持ち主であるクオーツが私のいる場所……師匠の言を借りるなら座標に喚ばれる・・・・仕様になっていた。私の胸元に揺れる首飾りもその契約の一環である。


「雇い主だろうが何だろうが、私にとっての一番は師匠だけですからね~。世間知らずの私から見ても非常識なジークさんの入り込む余地はないんです」


「三年経ってもアリアはオジさんに対して容赦がない。悲しいね」


「オジさんに対してというか、師匠に面倒事を持ち込むジークさんに対してですよ。私には知り合いらしい知り合いはいませんから」


 理由としては記憶がないからというのもあるけれど、主にこの顔に残った傷跡のせいで私が外に出たくないからというのが大きい。


「そういやそのルーカスに聞いたんだがよ、アリア。お前さん豆粒ほど魔力持ちになったんだって?」


「そうなんです。七年間ずっと師匠に傷を治療してもらってたから、その副産物だろうって師匠は言ってました」


 この一週間ほど師匠が暇な時に魔力の使い方を教わっているけれど、未だに紙に火すらつけられない。当然のことながら火力調整もお手のものなクオーツの方が上手だ。


「ほお、あのルーカス・ベイリーの魔力をね。面白いこともあるもんだ。そういう事例はないこともないが大抵は兄弟や親子なんかで起こる現象なんだが……」


「記憶は失くしてますけど、師匠と私が兄妹である可能性が皆無なのは顔の時点で証明されてますね」


「そりゃ確かに違いねえな!」


 そう言いつつゲラゲラと笑うジークさんに呆れた視線を送っていたら、まだギルドが開くには一時間も早いというのに、誰かがエントランスホールのドアを叩く音がした。随分せっかちな人もいるものだと思っていると、ジークさんも同じことを思ったらしい。


 面倒そうに「この間ルーカスの奴がドラゴンの鱗を持ってきてから、若手の一部がえらくやる気になっちまってよ」と頭を掻いている。その言葉に若干誇らしい気分になると同時に、人間の埒外にいる師匠と張り合おうとしたらいくら命があっても足りないので、即刻身の丈にあった努力をしてほしいと切に思った。


 でも何にせよ他に人が来てしまったのなら、私はさっさと退散すべきだろう。元から目深にかぶっているフードをさらに深くかぶり直し、掃除道具を手に魔法陣の方へと戻ろうとしたその時。


『〝マスター、いるんでしょう? 毎日居留守ばっかり使って卑怯よ! 今日という今日こそはルーカス様に取り次ぎさせてやるんだから!〟』


 ――というまだ若い女性の声で不穏な言葉が聞こえてきたので、何事かとジークさんの方を見やれば、彼もまた珍しく微妙な表情を浮かべている。こちらと目が合うと、意外にも無言のまま魔法陣の方を指差された。


 どうやら言葉の内容から以前言っていた魔法使いの女の子っぽい。触らぬ精霊とお貴族様に祟りなし。その指示に頷いて掃除用具置き場の方に身を翻そうとしていたら、相手側はさらに『〝出てこないつもりならここをぶち破るわよ。ああ、安心して。修繕費は払うわ〟』と、かなり乱暴なことを言い出した。


 そもそも修繕費を払ったからといって、ギルドのドアを破壊していいことにはならないのでは? というようなことを考えていたのがいけなかった。


「まずい、避けろアリア!」


 直後に宣言通りギルドのドアが爆風で吹き飛び。巻き添えをくった観葉植物の鉢がやけにゆっくり私の方に迫ってくるように見えて。


 フードを押さえることに必死になっていたせいで回避行動が遅れた私の胸元で、師匠お手製の首飾りが眩く輝いた。

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