第10話 ドラゴンを通して可能性を得る。
『せっかくドラゴンが手に入ったんだから、使わない手はないわね』
三日前にうちに引っ越してきたドラゴンを前にした師匠は、一ヶ月に一枚鱗を支払うという約束をさせた舌の根も乾かぬうちにそう言った。我が師はたとえドラゴンでも活きの良い食材のように扱う人だ。
早速ドラゴンに受難が降りかかる予感しかない発言をする師匠。思わずドラゴンを窓枠から抱き上げて腕の中にかくまってしまった。蛇に睨まれたカエルならぬ、師匠に睨まれたドラゴン。生物の頂点はうちの師匠だったのかもしれない。
いわく『引っ越してきたんだから、引っ越しの挨拶分がまだよ』という滅茶苦茶な内容だったけれど、それが師匠だから仕方がない。師匠がそうだと言えば道理は引っ込むのだ。何なら忠実な弟子の私ですら当たり屋の言い分だと思ったけど、口には出さなかった。
『大したことは言わないわ。あたしの留守中にこの森に残ってるのが、戦闘力皆無のあんただけだと心許ないってずっと考えてたのよ。ちょうど良いし、こいつをガーゴイル代わりにしようかと思って』
その一言で神秘の生物は汚城の番犬と魔力皆無な掃除婦の護衛という、どこまでも残念な居場所を与えられてしまったのだ。
「あ、ちょっと待ってクオーツ。その籠はこっちに降ろしてくれる?」
「ギャウッ」
「良いお返事だ~。これが終わったら師匠が朝食の支度をしてくれてる間に、一回目の洗濯物を干す紐を張るの手伝ってね」
「ギューッ!」
こちらの言葉をほぼ完璧に理解してフヨフヨと飛び回る赤い姿に、自然と頬が緩む。忙しい朝はドラゴンの手を借りることで大幅に作業効率が上がった。小さくなっても流石はドラゴン。見た目の大きさとは裏腹に力が強いので、床を覆っている荷物を持ち上げてもらうのに大助かりである。
生き物の名付け親になったのは初めてだったけれど、師匠が『あたしは七年前にあんたの名前をつけたから、それの名付けはあんたがしなさい』と言ったので、丸二日悩んでつけた。私は勿論、本ドラゴンも気に入ってくれているようだ。
ちなみに初日の実験では小さいままでも私の服を咥えて飛べた。師匠に聞いたらドラゴンは翼に魔力を通して飛ぶらしく、それ自体を羽ばたかせて浮力を得るのではないそうだ。いつか大きな時に背中に乗ってみたい。
おまけに何故かこの子は初日から私に懐いてくれて何をするにもついてくる。普通は魔力の強い人間に懐くものなのに不思議だけれど、嬉しいから問題ないかな。
この城には七年間ずっと師匠と私の二人きりだったから、新しい住人(?)の存在は新鮮でなかなか楽しい。そんなこんなでテキパキと一人と一匹で仕事をこなし、起き出してきた師匠が生み出す良い匂いの元を確かめるべく食堂を目指した。
***
「そのドラゴンがあんたに懐く理由?」
「はい。私には魔力がないのに不思議だなーって」
「そうね……考えられるとしたら、あたしがあんたの傷に流してる魔力が蓄積されてるんだと思うわ」
「でも私は魔法が使えませんよ?」
「蓄積されるとはいっても微々たるものなのかもしれないわね。実際に回復を専門にしている医療魔術師の患者が魔法を使えるようになった話は聞かないもの」
「成程。でもじゃあどうして魔力の直接の持ち主である師匠には、あんまり懐いているように見えないんですかね?」
「それこそ考えてもみなさいな。出会い頭で氷塊を口に突っ込んでくる奴に懐く特殊性癖持ちなんて、ドラゴンでも人間でもそうそういないでしょうよ」
朝食のパンをちぎってクオーツの口に運んでやりながら、そういえば師匠に直接聞いてみれば良かったんだと思い立ち、この二日間疑問だったドラゴンの生体について質問してみたものの、まぁ案の定そこまで驚きの回答は得られなかった。性癖の辺りが特に。
話題にされていることが分かっているらしいクオーツも、小さく首を横に振っている。誠に遺憾と言わんばかりの表情だ。謝罪の代わりにソーセージを切り分けて口許に運んであげると、喜んで食らいつく。油でテカテカと光る口の周りの鱗を拭おうとしたら、勿体ないとでもいう風に素早く長い舌で舐め取られた。
「そっか~……ちょっと残念ですね」
「何よ、あんたも魔法が使いたいの?」
「そりゃあ、私だって師匠という魔術師の弟子ですから。それにほんの少しでも魔法が使えたら、師匠の手伝いだってもっとたくさん出来ますし」
せっかく魔力を分けてもらっていても、元が魔力皆無だと注ぐだけ無駄だと言われたに等しい状況。やや不貞腐れた気分で豆のスープに匙をつけていると、不意に師匠が少しだけ何かを考え込む素振りを見せた。
こういう時は声をかけられるまでそっとしておくのが、ここでの暗黙の了解。その間にクオーツと一緒にアンズのジャムを塗ったパン、ソーセージと半熟の炒り卵、リンゴのジュースを分け合いながら胃袋に納めていく。
そうして考えが纏まった師匠が「アリア、以前に魔術は魔法とは原理が若干異なるって話はしたわよね」と切り出したのに合わせ、視線をそちらへと向けた。
「はい。確か〝魔術は魔力を自分なりの解釈に則った術式に置き換えて行使する〟でしたよね」
「あら、割としっかり憶えてるじゃない。もう少し正確さを加えるなら〝魔術師は世界に揺蕩う魔力を自らの目で見つけ、座標という形に固定して行使する者〟よ。解釈の数はそれこそ魔術師の数だけあると言っても過言じゃないわねぇ」
話の着地点が分からず首を傾げる私を見て師匠が察しの悪さに苦笑した。この人が時々見せる柔らかい微苦笑は心臓に悪い。外でもそんな表情を迂闊にしているから変な女性に好意を持たれるのではないだろうか……なんて考えていたら、今度は含みのない笑みを浮かべて薄い唇を開いた。
「あんたがやってみたいなら、魔力を感じられるようになる特訓でもしてみる? もしも仮定通り魔力が蓄積しているようであれば、あたしが固定した簡単な座標を教えて、着火や汲水くらいの生活魔法程度なら使えるようになるかもしれないわ」
師匠の紅茶の香りがする溜息混じりの提案に対し、思わず「やります!!」と食い気味に被せたら、綺麗な顔を思いっきり顰めた師匠に「食事は静かにとりなさいよ」と怒られてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます