第二話 【足並み揃えて ~噛ませイヌほどよく吠える~】

 貸してもらった『旅人のブーツ』に足を通す。うん、サイズは丁度いい。中敷きが分厚くて、これなら長時間歩いても疲れなさそうだね。

 それから白いカチューシャをきちんと着け直した。これは学校に行くとき以外はいつも着けているあたしのお気に入りで、大きなリボンが付いているのがかわいいポイント。


 準備を終えると、冒険に必要なアイテムがたくさん詰まったリュックサックを背負って立ち上がった。一度大きく息を吸って、よしっと頷く。なんてったってこれから剣と魔法の世界に冒険に行くんだから、気合入れないとね。


「えーっと。今オレ達がいるエンティーン村がここで。イマジネ塔は……っと、うわ遠いな。ファーニー草原を過ぎてクリエト洞窟を抜けなきゃならねぇのかよ。面倒くせぇな全くよ」


 村を一歩出て、地図を広げたジタンがぼやいた。


「まあその分報酬も弾んでもらってるわけだし、いいか。とっとと行くぞ」


 地図をがさがさと丸めてあたしの持ったリュックサックに突っ込むと、先頭に立って歩き始める。

 すると、他のみんなはそれが当然というようにきれいに一列になって後に続いた。広いフィールドだし、別に広がって歩いても怒られることはないと思うんだけど……そこはゲームのシステムに忠実なんだと思うとおかしかった。


「何一人でニヤニヤしているのですか気持ち悪い」


 振り向いたシグレが半眼になって言った。うぅ、怒らせたのはあたしとはいえさっきからシグレがひどいよ……。




 それからちょっと歩いて着いた場所は、大きな岩や低木が点在するだだっ広い草原、その名もファーニー草原。

 あたしの住む都会では、草原どころか空き地すら中々見つけられない。自然豊かな風景なんて、せいぜいテレビやカレンダーなんかで見るくらい。


 だから珍しさもあって、あたしはパーティーからはぐれないように注意しながら景色を楽しんでいた。えへへ、なんだかちょっと遠足気分。


 なんて、あたしが呑気なことを考えていると、突然ジタンがぴたりと足を止めた。


 直後、木の陰から四、五体ほどモンスターが出現する。あまりにもピッタリすぎるタイミング……荷物でも奪おうと待ち伏せされてたのかな。

 闘志あらわにあたし達の前に立ちふさがったのは、長い爪を持った二足歩行の犬のモンスター。この子の名前は確か――


「ノールだ! わー、ゲームだと結構かわいい感じなのに、近くで見たらごついんだなぁ」

 初めてのモンスターとの遭遇にはしゃぐあたしだけど、百戦錬磨の四人はさすがにもう慣れっこでノーリアクション。


 ジタンが背中に背負った大剣を引き抜き、シグレは両手に短剣を、オルフェは杖をそれぞれ構える。唯一武器を持たないリーリアも魔法を発動させる準備をした。


「みくる、危ないけぇ下がっときんさい」

「あっ、そ、そうだね」


 つい夢中になりすぎて見入ってしまった。あたしは急いでちょっと離れた岩の陰に身を隠してみんなを見守る。戦闘が始まった。


 素早さが高い一匹のノールが先制した。ジタン目がけて爪をめちゃくちゃに振るう。しかし頑丈な鎧に身を包むジタンはその程度のダメージじゃビクともしない。


「ぅるあっ」

 お返しとばかりに、先程のノールを大剣でなぎ払った。筋骨たくましい大男だから、それはもうすごい迫力。


 吹っ飛んだノールにすぐさまシグレが飛び掛かって斬撃を喰らわせる。二人の猛攻の前に力尽きたノールは一瞬だけ白く光って消えた。そこもゲームと全く同じだった。倒されたモンスターはお金やアイテムだけ残してあとは全部消えてしまうんだ。


 あたしから見ればさっきまでそこにいた生き物がぱっと消えるなんてマジック以外の何物でもないんだけど、この世界ではこれが常識なんだね……。早めに慣れなきゃ、たぶんこれから先ずっとこの調子だ。


 その横ではリーリアが炎の範囲攻撃魔法で数体のノールをまとめて焼き払っていた。オルフェも補助魔法でみんなをサポートする。


「かぁーっこいー……」


 一人眺めていたあたしの口から、知らず知らずのうちにそんな呟きがもれた。


『そんなにすごいのか。こっちは普通の戦闘画面だぞ。もっとも戦闘は完全にオートになってて俺は全く操作できないが』

 イヤーカフからお兄ちゃんの声が響く。

「うん。まるでアクション映画みたい。すごいよ!」

『……そうか』

 お兄ちゃん、ちょっとうらやましそう。と、そのとき。


「みくるぅー……」


 リーリアがふらふらと力なく飛んでこっちにやってきた。


「うわっどうしたのリーリア! ケガでもしたならすぐオルフェに回復してもらって……」

 あまりに弱々しい姿に、さっそくピンチかとあたしが慌てて声をかけると、リーリアは悲しそうな上目遣いで言った。


「おなかすいたよぅ」

 あたしは思わずその場でずっこけた。


「なんで!? さっき食べてたじゃん!? ていうか今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! モンスター倒さないと」

「でもリーリア、おなかすいたら強いまほう使えないの」

リーリアは顔の前で両手の指を絡めるおねだりのポーズをしつつ、あたしの背負ったリュックサックをじっと見ている。


「えぇー!? ああもう分かった、ちょっと待ってて!」


 急いで中から食べ物を探し出してリーリアにあげた。お腹がふくれたリーリアはご機嫌でパーティーの中に戻っていく。せ、世話の焼ける子だなぁ……。

 というか大食い設定なんて元のリーリアには無かったし、やっぱりこの子もどこかしらバグってる。


 しかし何はともあれ、順調に戦いは進んで、敵を倒し終わったみんながこっちに戻ってきた。疲れた様子もなく涼しい顔。道中の無限湧きモンスターなんかにいちいち苦戦するほど、軟弱なパーティーじゃないって感じだ。


 お疲れ様、と声を掛けようとして、何かが足りないことに気づく。あ、そういえばシグレがいない。どこだろう……と辺りを見回して。


「あーっ!」


 あたしは斜め前方を指差した。

「大変、シグレが!」


 戦闘中全員が縦横無尽に動いていたから気が付かなかったけど、いつのまにかシグレが三体のノールに取り囲まれていた。最初はあんなにいなかったから、まさか仲間を呼ばれたのかな。早く助けに向かわないと!


「あー、まぁ大丈夫だろ」

 しかし焦るあたしをよそに、ジタンは完全に見守る体で地面にあぐらをかいて座った。


「な、何言ってるの!? 仲間のピンチなのに」

「アイツああ見えて結構やるから。敵も割とザコかったし。この程度ならまあ行けんだろ」

「いや、でもさぁ」


 さすがにソロプレイで何体も相手にできるほどのゲームバランスにはなってないと思うんだけど……。


「心配せんでもええよ、みくる」

 しかし岩に腰を下ろして、オルフェまでそんなことを言う。

「こがぁな足場の多うて広い場所での戦闘は、シグレの十八番じゃけぇね」


 それでもやっぱり不安で、あたしはシグレを見つめた。


 すると、気配を感じたかシグレがちらっとこっちを向く。心配そうなあたしの様子を見て、ふんと鼻を鳴らした。


「なんですかその顔は。アナタねぇ、どうせワタクシのこと小さくて弱そうとか思ってるんでしょう」

「え、や、そこまでは思ってないけど……」

「ワタクシの強さを思い知らせてやりますよ! せいぜいそこで何もせず見てることですね!」


 あたしの言葉を丸無視して、シグレは戦いの構えを取る。ウソでしょ本当に一人で三体を相手にするつもり!?


「三体でかかれば勝てるとでも思ったのですか? ワタクシを相手にするとは、いい度胸ではありませんか!」

 余裕そうな半笑いを浮かべて、大きな声で挑発するシグレ。


 その言葉で一瞬にして怒りに火を付けられたらしく、三体の内の一体――紛らわしいからノールAって呼ぼうっと――がシグレの首を狙って爪を斜め下に振り下ろす。


 しかしシグレは眉一つ動かさずにあっさりそれを逆手に持った短剣で弾くと、そのまま旋風脚でノールAをぶっ飛ばした。首に巻いた朱色の布がはためく。

 続いて背後から突き出されたノールBの爪も素早くしゃがんで回避。勢い余ってたたらを踏むノールBの足を払って地面に倒すと、流れるような動きで背中に回り左腕で包み込むように頭を固定した。そして右手の短剣を首筋に突き立て、ためらうことなくのど笛をかき切る!

 

 ぴしゃっと周囲に鮮やかな赤い花が散る。シグレを振りほどこうともがいていたノールBは、一瞬体を硬直させた後ぐったりとなり、その後消滅した。


 二体のやられ方を見てまずは動きを止めようと思ったのか、ノールCが両腕を振り上げシグレに覆い被さるように飛びかかる。


 しかし一瞬早く、シグレは後ろにあった岩を足場にして上に思いっきりジャンプした。目標を見失ってキョロキョロするノールC。


頭上に差した影にハッと顔を上げる。


 と同時に、きれいに揃えられたシグレの両足がその顔面にめりこんだ。シグレの履いている靴は、確か鉄板入りのコンバットブーツ……い、痛そう。

 全体重を掛けて顔をスタンプされては一たまりもなく、シグレが地面に着地した直後に鼻血を吹き出しながら倒れたノールCは白く光って消えた。


「すごい、もう三分の二を倒し終わっちゃった……」

『なんだよこれ、強くなりすぎじゃないかこいつ。ちょっとパラメータ調整してバランス見直さないといけないレベルだぞ』


 イヤーカフの向こうでお兄ちゃんも驚いていた。何だろう。これもバグの一つ? こんな良いバグもあるの?


 さてシグレは、最後に残った一体、先程蹴り飛ばされたもののまだ倒れてはいなかったノールAに体を向ける。そしてあたしに顔だけ向けると、にいぃっと不敵な笑みを浮かべた。


「アナタは見たことがないでしょうし、せっかくなのでここは技を使って倒して差し上げましょうか」


 このゲームには、通常攻撃以外に二つの攻撃コマンドがある。『魔法』と『技』で、どちらもMPを消費することで発動できる。

 シグレの場合魔法が一切使えないけど、その分多彩な技を習得する。どうするんだろうとあたしが見ていると、シグレは短剣を構えて腰を落とし、かかとに力をこめた。そして小さく息を吸い込み。


「――紫電一閃!」


 そう言った直後、シュンッ! と閃光が一直線に駆ける。


 気付けばシグレはノールAの背後に立っていた。そして、ちょっと芝居がかった手つきで腰の鞘に二本の短剣を収めた次の瞬間。どさりとノールAが地面に膝をつき、そのままゆっくりとくずおれた。


「ふふん。いかがです? 見事だったでしょう」

 戦いを完全勝利で終えたシグレが意気揚々とあたしの元まで帰ってきて、自慢気に平な胸を張って言った。


「うん。すごかった。シグレって強いんだね、圧勝だったじゃん!」

 素直に感心したあたしが褒めると、あっさり気を良くしたらしく、

「ふっ、当然でしょう! ワタクシにかかればあんなザコ敵チョロいんですよ!」

 と高笑い。


『……単純な奴だな』

 お兄ちゃんがぼそりと呟いた。


<続く>

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