事故
事故は、突然起きた。
病院からの電話を受けて、僕は病院に駆けつけた。ICUの前で、医師が僕に説明した。
横断歩道を渡っている時、暴走車が突っ込んできたという。
脊椎損傷。頸椎の第五番と第六番の間。首から下の完全麻痺。
彼女は一時、昏睡状態に陥った。
回復の見込みは、ほぼゼロ。
それから、僕は毎日病院に通った。
でも、彼女は眠ったままだった。
ベッドの横に座って、彼女の手を握る。温かいが、動かない。
部屋に戻った時、僕は彼女の幻影を探していた。
散らかった部屋は彼女がいなかった時の僕を想起させる。
机の上には、脱ぎ捨てた服、読みかけの本、開きっぱなしの教科書。事故の連絡を受けてから、何も手につかなかった。片付ける気力もなかった。
冷蔵庫を開ける。
中には、彼女が買ってきた食材が残っていた。卵、小麦粉、牛乳。
ああ、そうだ。
彼女は、パンケーキを作ってくれたんだ。
自然と体はパンケーキを作り出していた。
僕はフライパンを取り出して、卵を割る。牛乳を注ぐ。小麦粉を混ぜる。
彼女がやっていたように。
でも、うまくいかない。
生地がダマになる。フライパンにこびりつく。焦げる。
それでも、僕は作り続けた。
何枚か失敗して、やっとそれらしい形になった。
蜂蜜をかける。
甘い香りが部屋を満たした気がした。
散らかった机の上に、皿を置く。
窓の外では、雨が激しく降っている。
僕はパンケーキを一口食べた。
味がしなかった。
いや、味はあるのだろう。でも、僕には分からなかった。
彼女に出会ってから、僕の世界は色づいた。
灰色だった日々に、春の花の色が見えるようになった。
無味乾燥だった食事に、香りと味を感じるようになった。
でも、今は何も感じない。
僕はパンケーキを食べ続けた。
味のしない、でも彼女を思い出させる、パンケーキを。
土砂降りの雨が、窓を叩き続けた。
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