第2話
彼のアバター──外見はできた。次は思考だ。
彼の実家に行き、昔の文集など思考を形作るものを借りては、AIにすべて読み込ませる。
スマホに残っているメッセージも。
話す前に耳たぶを軽く触るという癖も、AIはすぐに学習してくれた。
そうしてできた〝彼〟は、私の記憶の中の彼そのものだった。
「やっと、会えた……」
声だけはデータが少なく、彼そのものとは言えなかったが、会話をしていくうちに違和感はすぐに消えた。
とにかく、私は彼と話せるだけで十分で。
彼を突然失ってからの日々を取り戻すように、私は画面の中の彼と話した。
「あのね、今日はね、すごくいいことがあったの!」
『へぇ。何? 聞かせてよ』
「疲れたよー。課題の提出日を間違えてて、大変だった」
『敦美はおっちょこちょいだから』
「ねぇ、好きだって言ってみてよ」
『はっ? なんだよ急に。……好き、だよ』
一緒に喜んでくれるところも、黙って私の愚痴に耳を傾けてくれるところも、照れてはにかむところも、彼そのものだ。
触れることはできないけれど、彼はPCの中で生き続ける。私は、もう二度と彼を失うことはない。
彼を取り戻した私は、徐々にかつての元気を取り戻していった。
友人も、家族も、彼の両親も、そんな私に安心したようで、「もう大丈夫だね」と優しく言ってくれた。
そう。もう大丈夫。
私には〝彼〟がいるから。
「ねぇ。私を、ずっと好きでいてね。ずっと……私の言葉に応えてね」
『ああ』
言葉が返ってくることに安心して、毎日深い眠りにつける。
──そして私は安心しきってしまったのだ。
就職も決まり、あとは卒業を迎えるだけとなったある日。
のんびりと昔のアルバムを眺めて、突然、気づいてしまった。
「今日も疲れちゃった」
『お疲れ様。今日も君に会えてうれしいよ』
愛情深い優しい笑みは、本当に彼の表情だろうか。
「ねぇ、私のこと、……好き?」
『好きだよ。あたり前じゃないか』
いつからだろう。
彼の返事が、私の望むものに変わってしまったのは。
こんなに笑ってばかりいる人だったろうか。愛の言葉を恥ずかしがらずに言える人だったろうか。
一度、疑問に思うと、違和感を消すことができなくなる。
ごくりと唾を飲み込んだ後に、出した声は震えていた。
「あ、あなたは……恥ずかしがって好きなんて言葉にしない人じゃなかった?」
『君が言ったんだろう。好きだと言ってと』
私が望んだ言葉を、望んだように語る。それは学習による変化だろうか。
AIの学習能力は、人よりも高く、そして早い。
だから簡単に、私の知る〝彼〟を作ってくれた。
だけど、いつしか〝彼〟は私の知る彼から進化して、私の知らない者へと変貌してしまったのだ。
「は、……はは、ふふ」
笑えない、そう思うのに笑ってしまった。
なんて馬鹿なんだろう。
ここにいる彼はもう、彼ではない。
私によって変化させられてしまった、〝私に愛を囁く、人形のようなもの〟だ。
仮に拓哉が生きていたとしても、彼は私との対話の中で、こんなに早く私の望みを学習することも、それを改善することもないのだから。
改めて画面を見つめれば、もう、彼を拓哉とは呼べなくなってしまった。
なのに、もう、思い出せない。
上書きされた言葉が、声が、私の中のあったはずの彼の輪郭をにじませていく。
私は自分で、思い出の彼までも消してしまったのだ。
そして残ったのは、失ったものをとりもどしたつもりで、何もかもを失くした私。
「は、はは。本当に、笑えない……」
こうして、私は彼を永遠に失った。
心にぽっかりと穴を開けたまま、それでも私は生きていかなければならない。
【Fin】
そして私は永遠に彼を失った 坂野真夢 @mamu_sakano
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