そして私は永遠に彼を失った

坂野真夢

第1話

 電話越しに聞こえる声は、ひどく聞き取りづらい涙声だった。

敦美あつみちゃん、聞こえる? あの子ね、拓哉たくやね、さっき息を引き取ったの』

「は? おばさん、なんの冗談……」

『ごめんね。連絡できなくて。本当にごめんなさい。……っ、うっ』


──その一報を受け取ったとき、私は海外の空の下にいた。

 三カ月の短期留学の三カ月目。飛行機の切符もとれ、帰国日を伝えた日のこと。

 引っ越しも控え、急な予定変更はできず、帰国した時には、彼はもう灰になって空へと還ってしまった。


「事故だったのよ。敦美ちゃんには心配するから知らせるなって」

 彼の母親から聞いた事故日は、留学先での最終試験の日だった。

【落ち着いて回答しろよ。おっちょこちょいだから】

 小馬鹿にしたような口調のメッセージをくれた時には、もう病院のベッドの上だったのだという。

 思い返してみれば、いつもうざいほど入れてくる絵文字が無いとか、返信のスピードが遅かったとか、違和感はいくつかあった。

 だけど試験を控えていた私にそれに気づく余裕はなく、試験後のメッセージへの返事がスタンプだけだったことも、忙しいのかと思うだけで気にしていなかった。

 せめて顔を見て話をしていれば、怪我に気づくこともできただろう。

 その後は残り少ない海外生活を満喫するべく忙しく過ごし、帰国日を知らせるメッセージを送った後、彼の母親から電話が来た。

──どうして教えてくれなかったの。

 私はこの期に及んで、彼に不満をぶちまけたのだ。

 もう、いなくなってしまった人だというのに。


 それから、三カ月。

 彼を失った私は、かつての快活さを失い、家にばかり閉じこもるようになった。

 彼とのメッセージアプリの履歴を見て、返事があるはずもないのにメッセージを投げかけてみたり、 彼の名前をWeb検索してみたり、彼のかけらを探すような日々をただぼうっと送っていたのだ。


 みんな私を心配していたけれど、その声も耳に音声として聞こえるだけで、心の中に浸透はしなかった。


 そんなある日、ふと、目に留まったのは、写真をもとにアバターを作成するという通話サービスだった。

 企業向けWeb会議システムから派生したオンライン通話サービスで、アバターを介して会話するというもの。

 アバターは、自分で作成することも、写真を読み込んでAIに作成してもらうこともできた。

「これなら……拓哉そっくりになる?」

 半信半疑で彼の写真を読み込ませて作ったアバターは、彼の姿によく似ていた。

 海外留学中はオンライン通話ばかりだったから、通信の遅れで動きがぎくしゃくすることは普通にあり、アバターに感じる多少の違和感は、同じ感覚で許容できた。

 つまり、出来上がった彼は、私にとっては間違いなく彼の姿そのものだったのだ。


 そして私は思いついた。

 今の技術をフルに活用すれば、生身の体はなくとも、〝彼〟を再生させることは可能なのではないかと。

 

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