愛と友情と

第10話 人と人とを繋ぐもの

 次なる異世界──魔王城の玉座の間で、二つの強大な力が激突していた。


 勇者・ドルクと魔王・フロイント──宿命の二人が、今まさに剣と魔力で激しい死闘を繰り広げていた。


「魔王よ!これ以上の戦いは不毛だ!」


 闇の中に響くドルクの声は、まっすぐにフロイントの胸に届こうとしていた。


「愛と友情こそが人々を結ぶ力だ!争いを終わらせるには、それ以外にない!」


 彼の手には、かつて希望の象徴と謳われた剣。それを掲げ、幾度となく闇を払いながら、勇者は決して戦いを放棄しなかった。


 対するフロイントは、漆黒の魔力を振るいながら冷たく笑う。


「何を馬鹿な……愛も友情も、弱者のための言葉だ。力こそがすべてを支配するのだ!」


 その言葉には長きにわたる孤独と絶望が滲んでいた。フロイントは闇の力を操り、地を割り、空気を歪ませ、力を誇示するかのように闘い続けた。


 だが、ドルクは怯まない。


「人との繋がりが無ければ、人々はただ生きているだけの存在に過ぎない!」


 その剣が火花を散らし、フロイントの魔力と激突する。


「本当に幸せを求めるのなら、誰かと寄り添い合うべきだ!」


 言葉を交わしながらの戦いは、互いの力と信念をぶつけ合う真剣勝負だった。だが、ドルクの言葉の一つ一つが、フロイントの心に波紋を与えていた。


「……愚か者が!」


 彼の声にかすかな動揺が混じる。


「たとえ、それが真実であったとしても……力無き者は、何も守れぬのだ!」


 それは、かつて守れなかった何かへの悔恨の叫びだったのかもしれない。


 戦いが続く中で、フロイントの体は次第に変調をきたしていった。先程まで安定していた闇の力が、怒りと混乱に呼応するように暴れ出し、制御を失い始めた。


「……ッ!我が力は……こんなものではない!!」


 フロイントの咆哮と共に、その体から巨大な闇の奔流が溢れ出す。地は割れ、空気が悲鳴を上げ、世界そのものが揺れるほどの魔力が荒野に解き放たれた。


 ドルクは目の前で苦痛の表情を浮かべ始めたフロイントを見つめ、強く叫んだ。


「やはり……やはり力だけでは、すべてを解決することはできない!」


 風と闇が吹き荒れる中、ドルクの声は揺るがなかった。


「心を強く保たなければ、力に呑まれて己を破滅に導くだけだ!魔王、このままでいいのか!? 自分の心に……問うんだ!」


 フロイントの姿は、もはや人のものではなくなりつつあった。巨大な影が全身を覆い、その瞳には理性の光が残っていなかった。


「黙れ……黙れぇ!力が無ければ、何も守れない!私は……私はッ……うぐあああっ!」


 それは悲痛な叫びだった。理性と本能、過去と現在が混ざり合い、彼の心は限界に達していた。


「魔王!それ以上はよせ!!」


 ドルクが踏み込もうとしたその瞬間──


 突如、空から飛来した眩い光球がフロイントの胸に直撃した。炸裂する光と共に、彼の体は大きく吹き飛ばされ、地面に崩れ落ちる。


 闇の奔流が瞬く間に弱まり、暴走の勢いが止まる。周囲の空気が、ほんの少しだけ静かになった。


「さて、間に合いましたねー。」


 のんびりとした声と共に、空から、一人の青年が降り立った。異国情緒漂う服を身にまとい、寝癖のような髪をかきながら、タローが地に降り立つ。


「勇者さんの言う通り、魔王さんには気絶している間に自問自答してもらいましょう。」


 彼はそう言って微笑みながら、地に伏したフロイントをちらりと見た。


 ドルクはその場に膝をつき、息を整えると、静かにフロイントの方へ目を向けた。暴走の恐怖が去ったとはいえ、その顔に安堵はなかった。


「君は一体……いや、それより、君がいなければ……きっと、彼を止めることはできなかった。」


「どういたしましてー。ですが、ここからは彼次第ですよー。」


 タローは軽く肩をすくめる。


 その間、ドルクはゆっくりと瞳を閉じた。フロイントに投げかけた言葉は、同時に自らにも問いかけていたものだ。

「愛や友情が、世界を救う……本当に、俺はそう信じているのか……?」


 問いの答えは、戦いを通じて少しずつ明らかになっていた。


「俺は……やはり、それを信じている。どんな力よりも、人と人を結ぶ想いが、最後に世界を動かすはずだ。」


 フロイントの意識が戻るその時まで、ドルクは静かに彼のそばにいた。再び言葉を交わすその時、二人はまた、新たな答えを見出すだろう。


 空はまだ、混沌を残していたが、希望の光もまた、そこに確かにあった。

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