第9話 微かな希望と旅の始まり
「うーん、いい感じですよー。もっとガンガンいっちゃいましょう。」
いつの間にか結界を張り、その中でマドレーヌを焼き上げているタローの姿が、緊迫した戦場に妙な調和をもたらしていた。だがその言葉に反して、戦いは熾烈を極めていた。
ルークが握る聖剣は、タローの闇の力により徐々に輝きを失いつつあった。元々絶対的な光を宿していたその剣は、いまや薄曇りのような鈍い光を放つばかり。激しい衝撃のたびに、その表面には小さな亀裂が走っていた。
一方のガルドが持つ魔剣もまた、かつての冷酷な禍々しさを失っていた。聖剣との衝突によって刃には複数のヒビが入り、刀身がきしむように鳴っていた。互いの力が拮抗し、削り合い、そして壊れようとしていた。
タローはその様子を眺めながら、満足そうに頷いた。
「さて、そろそろグランドフィナーレ行きましょうかー。全力でぶつけ合ってくださいなー。気合入れて、ドーンといっちゃいましょう。」
その飄々とした言葉に、ルークとガルドは一瞬だけ視線を交わした。もはや敵ではない。今は同じ目的のため、剣を振るう戦友だった。
ルークは深く息を吸い、剣を構えながら叫ぶ。
「このような邪剣など……砕け散れ!」
ガルドもまた、最後の力を魔剣に込め、叫び返す。
「お前の暴走もこれで終わりだ!!」
次の瞬間、残った力を振り絞る聖剣と魔剣が、雲さえも消し飛ばすかのように激突した。闇と光、破壊と浄化、二つの相反する力がぶつかり合い、天地を震わせるような衝撃が世界を包む。
轟音と共に、剣が砕け散った。砕けた刃は粉となって空へと舞い上がり、まるで星屑のように広がっていく。光と闇が同時に弾け飛び、それが平穏を取り戻した夜空を彩った。
その破片の一つ一つが、風に乗って世界へと拡散していく。その様はまるで、争いと対立が消え、調和と再生の兆しが訪れるかのようだった。
ルークはしばらくその光景を見つめていたが、やがて、ぽつりと呟いた。
「……終わったか……」
ガルドもまた剣を失った腕を下ろし、ゆっくりと立ち尽くす。
「ああ、そのようだな。俺たちではなく、あの二振の剣が世界の命運を握ることになるとは、皮肉なものだ。」
タローは両手を叩いて、嬉しそうに拍手を送る。
「お疲れ様でしたー。いやー、見事な戦いぶりでしたよー。あの光と闇の花火、最高でしたねー。」
ルークはその言葉に笑みをこぼしながらも、ふと険しい顔になる。
「ありがとう、タロー……お前の助けがなかったら、俺は……いや、世界はどうなっていたかわからなかった……」
ガルドも腕を組んで頷く。
「確かにな。お前が現れなければ、聖剣の暴走は止められなかった。……この俺ですら、何もできなかったからな。」
タローは肩をすくめて、ふにゃりと笑う。
「まあまあ、そんなことより、これからどうするつもりですかー?」
その問いに、ルークはしばらく空を見上げたあと、静かに言葉を返した。
「……剣を失った今、新たな旅に出ようと思う。もう、剣の力で人を救う時代じゃない。俺の手で、違う形で人々を守りたい。あの聖剣で……街を焼き払い、命を奪ってしまった。責任を取らないといけない……」
ガルドは深く息を吐いた。
「同感だな。俺もまた、破壊と支配の道を歩んできたが、それが愚かだと、あの光景を見てようやくわかった。……俺たちは互いの過去を乗り越え、未来に目を向けるべきだ。」
かつて敵として出会った二人。だが今、彼らは剣を捨て、同じ道を歩む者となった。
過去に縛られるのではなく、未来を自ら選び取るために。
二人は無言のまま頷き合い、ゆっくりと歩き出した。その背中にはもう剣の影はなかった。ただ、確かな意志と、新たな旅路が広がっていた。
「それじゃあ、先程私が焼いたマドレーヌどうぞー。腹が減っては戦はできぬって言いますからねー。」
そう言ってルークとガルドにマドレーヌを押し付けたタローはふわりと宙に浮かび、再び現れた歪みの中へと消えていく。
彼が去った後も、光と闇の粒子は優しく舞い続けていた。
「……いったいどうしろと?」
「食べるしかないだろう。」
「聖剣に操られたとはいえ、災厄をもたらした俺にそんな資格は……」
「いいから食べろ。遅かれ早かれ、いずれは何か食べることになるんだ。」
──これから始まる旅路に備え、二人はマドレーヌを口にするのだった。
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