第11話 深く刻み込まれた悲劇

 闇の奔流が止まり、フロイントが気を失ってから、しばらくの時間が過ぎていた。だがその意識は、深い無意識の海に沈みながらも、静かに動き始めていた。


 漆黒の闇の中──そこは記憶と感情が交錯する、心の最深部。彼はそこで、一人の少年だった頃の自分と出会う。無邪気に笑い、人間の少年・ヴェンと並んで走っていた頃の自分。


「魔族だからって怖くなんかない!君は僕の大切な友達だ! 」


 彼の頭に、鮮明すぎる記憶が蘇る。あの笑顔。恐れも偏見もなく、対等に接してくれた唯一の友。名を呼び合い、肩を組み、互いの夢を語り合ったあの時間。


 しかし──


「なんで魔族なんかと仲良くしてるの!?」


「あんた、頭おかしいんじゃない!?」


「裏切り者!化け物の仲間!」


 ヴェンの周囲を取り囲む大人たち、子供たち。善意が敵意に変わり、親しみが怒りに変わる瞬間。


 やがて、彼はある日、遺書を残してこの世を去った。


『……君とは、本当に友達だった……今までありがとう』


 あの時、フロイントは叫び、泣き崩れ、地を叩いた。その時、内に秘めた力が暴走し、ヴェンの故郷であり、彼を奪った村を跡形も無く滅ぼしたのだ。


 ︎︎──その日以来、魔王と呼ばれることになった彼が覚えた空虚感と喪失感は、今も胸に深く刻まれ、消えることは一度たりとも無かった。


「……友か……」


 虚空に囁くように、魔王は呟いた。


「彼と過ごした時間は……私の宝だったはずだ……」


 闇に抱かれたまま、彼は続ける。


「しかし……ヴェンは私のせいで、友人や家族に裏切られ、命を絶った……その時、私は知ったのだ。愛や友情は脆い……あまりに脆く、容易く崩れ去るものだと……」


 彼の心の中に、長く蓋をしてきた感情が溢れ始めていた。


 あの頃の後悔、怒り、哀しみ。そして、それらすべてから逃れるために、自らの心を閉ざしてきた事実を、ようやく受け止め始めていた。


 その頃、現実の世界では、ドルクとタローが傍らに座り、静かにフロイントの様子を見守っていた。彼の顔には苦しげな表情が浮かんでおり、ときおり眉をひそめ、うなされるように唸り声を漏らしていた。


「……あれだけの闇を抱えていれば、心の中でも大きな戦いがあるのは当然か……」


 ドルクは、フロイントの額に滲んだ汗を見つめながら、ぼそっと呟いた。


 するとタローが、あくび混じりに軽く言う。


「ところで、勇者さん」


「ん?」


「いや、一応自己紹介しておこうかと思いましてねー。私はタローという者です。ただの旅人ですよー。ちょっと、いろんな世界を巡ってるだけですねー。」


 その無責任とも思える口調に、ドルクは少しだけ眉をひそめる。


「……ただの旅人にしては、やることが規格外だ。」


「よく言われますよー。でもまあ、それよりも……」


 タローはフロイントを見ながら目を細めた。


「彼、随分うなされてますねー。きっと、深いところで葛藤してるんでしょうねー。」


 ドルクは、かすかに頷いた。


「彼は……愛や友情を激しく否定していた。俺には、それがどうしても理解できなかった……だが、今なら少しだけ分かる気がする。」


「過去に何か、辛い出来事があったのかもしれませんねー。人は、守りたいものを失ったとき、自分自身すら固い殻に閉じ込めてしまうことがありますからねー。」


 タローは、柔らかな笑みを浮かべて言った。


 ドルクは視線をフロイントに戻す。そして静かに、彼の心の奥に触れようとするかのように語りかけた。


「……どんな過去があったとしても、きっと今なら変われる。俺たちも……いや、世界そのものも変わり始めているんだ」


 タローはその言葉に、何も答えず、ただ目を細めていた。


 二人の傍で、フロイントは深く眠り続ける。

 だがその内なる世界では、過去と向き合う激しい戦いが、今もなお続いていた。


 彼が目を覚ました時、その瞳にはどんな光が宿るのか。


 それはまだ誰にも、分からなかった──

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