第22話「複合性の熱地」

恵まれた自然を揺るがすような轟音が響き渡り、海を裂くようにして発射された赫灼宮が、ダンジョン島へと向かっていく。


 焦熱の塊──小さな太陽は、灼滅を宿命づけられた島へと着弾した。


 だがその刹那、炎神を通じて龍弥の中に異様な感覚が走る。


『……妙だ。焼いたはずだ、しかし、何かが……』


 赫灼宮の直撃によって島の地表は消し飛び、焦土の海が広がる──はずだった。


 だが、そこに現れたのは「変化しない」光景だった。


 確かに燃えた。消えた。けれど、そのすべてが「なかったこと」のように、まるで島が元に戻ったかのように、再びそこに存在していた。


「……復元……? それとも、錯視か……」

 龍弥の表情に、初めて戸惑いが浮かぶ。


 その瞬間、衛星映像に異常反応が現れる。

 焦土の中心──赫灼の中心から、黒い瘴気が立ち昇り、やがてその中から“何か”が姿を現す。


 それは、黒き殻に覆われ、形を定めぬまま波打つ異形の存在──“黒淵の王”とも呼ばれる、ダンジョンの核だった。


『あれは……神格でも魔獣でもない。反神……いや、それ以下の“無定”か』

 氷神が澪の内で、震えるように呟く。


 前線基地に緊張が走る。

『全部隊、緊急退避! 繰り返す、戦闘班は後退を開始せよ!』


 騒然とする中、澪はただ一人、動こうとしなかった。


(……逃げていいの? 目を背けて……いいの?)


 自らに問いかける。

 氷神が静かに問い返す。

『選べ、澪。抗うか、退くか。運命の分岐は、常に“今”だ』


「私は……見ると決めた。境界の向こうを、この目で……!」


 澪の体に、冷気が奔流のように流れ出す。

 彼女の背中から氷の羽根のような結晶が広がり、その手に握る刀は青白く輝き始める。


 氷と刃が融合した、新たな武装──氷刃装グレイシャル・ブレイドが顕現した。


 龍弥が目を細める。

「……なるほどな。こっちも手を抜けんな」


 赫灼宮を再び構えながら、龍弥が並ぶ。

 炎と氷、二つの力が一時的に同じ敵に向けられた瞬間だった。


 黒淵の王は、澪を見つめるように視線を向ける。

『貴様もまた、神の器か……おもしろい』


 瘴気が濃くなり、空間そのものがゆがむ。

 ダンジョン島は“ただの島”ではなかった──その核心に、いよいよ触れようとしていた。


 そして、戦いは始まる。


黒淵の王は言葉ではなく、存在そのもので語る。  それは敵意でも、殺意でもない。ただ――圧倒的な“異質”だった。


 澪の膝が一瞬、揺れる。だが次の瞬間、氷神の冷静な声が彼女を包む。


『怯むな。やつの存在は“概念の外”にあるが、干渉は可能だ。今のお前ならな』


「……やれるよ、私は」


 氷刃装グレイシャル・ブレイドを両手に構え、澪は足を踏み出す。  周囲の空気が瞬く間に凍りつき、彼女の歩みに応じて雪片が舞い踊る。


 一方で龍弥は赫灼宮の構成を変更していた。今度のそれは小さな太陽ではない。無数の赫光が糸のように編まれ、螺旋を描いていた。


「さすがに一点突破じゃ通らんか。ならば――焼き尽くす密度で押し切るまでだ」


 そして、二人は同時に駆けた。


 氷と炎――相反する属性が、互いを乱すことなく、絶妙な距離を保ち黒淵の王へ迫る。


 そのとき。


 黒淵の王が触手のような黒い腕を伸ばし、両者を一閃でなぎ払おうとする。  だが、澪が一歩先に出た。


「――零式・白刃凍結!」


 抜刀と同時に、足元から氷柱が奔り、触手の根を貫く。  その刹那、龍弥が構えた赫灼螺旋が中心部に向けて放たれた。


 爆光。


 嵐のような熱と霜が同時に弾け、空間が軋むような音を立てて悲鳴を上げる。


 煙の向こう、黒淵の王の輪郭がぐにゃりと歪んでいた。


 だが倒れてはいない。


『貴様たちの力は、境界の内側でしか通じぬ……我は、違う』


 その言葉に、氷神と炎神が同時に険しい気配を放つ。


『……これは長引くぞ』 『面倒なことになったな』


 澪は息を整えながら、それでも一歩、前に出る。


(この戦いは、私のためのものだ。誰かの期待でもなく、誰かの代理でもなく――)


 そして彼女は、再び構えた。


「私はまだ知らない。ダンジョンのすべても、あなたの正体も。でも、知りたい。だから――戦う」


 黒淵の王が、一瞬だけ黙した。  そのまなざしに、奇妙な感情が宿る。


 ――認識。


 神でもなく、魔でもなく、ただ人間でありながら、ここに立ち向かおうとする“器”。


 それが、黒淵の王にとってはじめての“異物”だった。

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