第16話「氷刃の探索者、潜む影と試されし意志」
「——探索者として登録しろ。任務だ」
その一言が、澪を動かした。放課後、校門を出たその瞬間に届いた葵からの連絡。澪は制服のまま迷わず街の南にある探索者協会の建物へと足を運んだ。
葵からの命令。それは探索者協会に所属し、一般探索者の実力や行動を観察しながら、自身の実戦経験を積むという、二重の意味を持つ命令だった。コードネームも所属も伏せ、ただの一人の新米探索者として登録を済ませた澪は、仮面をつけ、黒の軽装鎧に身を包んでD級ダンジョンの入口に立っていた。
他の探索者たちは数人のグループを組んでおり、賑やかな声と笑い声が飛び交っている。
澪はその輪の外に立ち、無言で地図とメモ帳を手にしていた。ダンジョンに登場するモンスターを記録しておくためだ。
「おやおや、こんなとこに一人で来てるの? 危ないよ、お嬢さん」
にやけた顔の若い男性探索者が澪に声をかけてくる。
「よかったら一緒に行かない? ソロだと何かと不便だろうしさ」
澪は視線を彼に向けることすらせず、低く冷え切った声で返す。
「結構です。私に構わないで」
その声音に、男は一瞬凍りついたように口を閉ざし、それでもなお粘るように言葉を重ねようとした。
「でもさ、こんな可愛い子が——」
「そこまでにしてください」
別の声が割って入った。探索者協会の職員らしき女性が間に入り、男の肩を軽く叩いて注意を促す。
「ダンジョンの外とはいえ、しつこいナンパ行為はマナー違反ですよ。彼女が嫌がっているのがわからないんですか?」
男性はバツの悪そうな顔をしながら引き下がった。
「……チッ、なんだよ、つれないな」
職員は澪に軽く会釈をし、「お気をつけて」とだけ言って立ち去っていった。
澪は小さく頷き、静かにダンジョンへと足を踏み入れる。
ダンジョン内は湿った空気が充満し、時折、水音が遠くから響く。
「……ビッグラット、三体。通路左に……」
メモ帳に走り書きする。
巨大な鼠が這い出てくるのを見つけると、澪は腰の刀を抜いて接近。
静かに、無駄のない動きで一体の首筋を裂き、二体目を足払いで転倒させると、躊躇なく喉を突く。
(氷を使わずとも、これくらいなら……)
三体目が威嚇音を立てて牙を剥いたが、澪の刀が一閃、顎を割った。
「……次」
小さく呟きながら、さらに奥へ。
暗がりの中、複数のバットが天井から飛び出してくる。 澪は足を止めず、体を捻って回避。翼を狙い斬り落としていく。
(この動き、この距離なら……)
数分後、バットは全滅していた。
「バット、八体。反応速度、標準よりやや高め」
再びメモ。
澪は顔を上げ、朽ちた柱の先に広がる分岐路を見つめた。
(ゴブリンが出るのは……右)
彼女の頭に、天霜祀神の声が柔らかく響く。
『慎重なることは美徳。されど、臆するは恥。心して進め、巫女よ』
澪は静かに息を吸い、分岐を右へ進む。
仮面の下、冷たい視線がダンジョンの闇を切り裂いていた——
ダンジョン内での戦闘を重ねるうち、澪の動きにはわずかだが確かな変化が現れていた。
刀の扱いが洗練され、足運びもより滑らかに。無駄のない斬撃と回避が、経験と共に身についてきている。
(……体が、慣れてきている)
意識せずとも反応できるようになった体の動きに、澪は自身の成長を実感していた。
新たに身につけたスキルも、彼女の身体能力を底上げしていた。
【基礎剣技・一段階目:精度向上】
【身体強化・初級:反応速度上昇】
澪はその変化を当然と受け止めつつ、冷徹な目で次の影を見つめる。
——その帰路、協会前で再び、あの男が現れた。
「やっぱり一人だったね? 一緒に行けば——」
「……どいて」
今度は澪の視線がまっすぐに男を射抜く。
その眼差しは凍てついた氷刃のようで、見られた者の背筋を凍らせるには十分だった。
「怖い顔しちゃってさ、そんなの似合わないよ……ほら、仲良く——」
男の手が伸びかけたその瞬間、澪の足元から冷気が走り、彼の足を凍てつかせた。
「やめて。これ以上近づいたら、次は足じゃ済まない」
澪の声は低く、静かに怒りを孕んでいた。
「……モンスターには気をつけて」
そう言い残し、彼女は男をその場に凍らせたまま、無言で背を向けた。
男は凍りついた足元を見下ろしながら、歯を食いしばる。
「クソッ……なんなんだあの女……あんなの、ただの新人のくせに……」
唸るように呟き、氷を割ろうと足を動かすが、冷気はしつこく、動きは鈍い。ようやく抜け出した彼は、忌々しげに澪の背中を睨みつけた。
そして協会内に戻った澪のもとに、再びその男が現れた。
「おい、女……さっきはよくもやってくれたな」
男が詰め寄ろうとしたその瞬間、協会職員が間に割って入った。
「おやめください。あなたの行動は協会規定に反します。事情をお伺いします」
職員は冷静に澪と男の話を聞き、周囲の証言を取った末、男に通告した。
「あなたには2週間の資格停止処分を下します。再度同様の行為があれば、登録抹消も検討されます」
男は不満そうに唸りながらも、それ以上何も言えずに項垂れて去っていった。
澪は無言で頷き、持ち帰ったドロップ品を査定に出した。
査定を終えた職員が渡した明細書を鞄にしまい、澪はそのまま協会を後にした。
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