第12話「導く者、試される刃」
――転移直後の衝撃が過ぎ去った時、澪は独りきりだった。
足元は石畳、天井は不規則なアーチ状の構造。だが、これまで潜ってきたどのダンジョンとも違う異様な重圧が、空気の中に染み込んでいた。
(……ここは、どこ?)
通信は繋がらない。携行したビーコンは転移時の衝撃で破損していた。小型の照明球を取り出し、周囲を照らすと、苔むした壁にびっしりと刻まれた古代文字のような模様が浮かび上がる。
「まるで……儀式場?」
背後からかすかな音。刹那、澪は刀を抜き、後方に跳躍した。次の瞬間、彼女がいた場所に黒い触手のようなものが叩きつけられる。
(来た……!)
現れたのは、全身が甲殻に覆われた巨大な魔獣――『夜影の使徒』。六つの目が赤く光り、澪を捕捉している。
「一対一、なら……っ!」
刀を構え、澪は前に出た。右へ滑るようにステップを踏み、敵の触手を回避。斜めに跳躍しながら斬撃を浴びせる。刃が甲殻に食い込むが、浅い。
直後、敵の尾が振り下ろされる。澪は咄嗟に氷壁を形成し、衝撃を受け止めるが、氷は粉砕され、吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
壁に激突し、背中に激痛が走る。口の中に血の味が広がった。だが、澪の瞳はまだ死んでいない。
「……負ける、わけには……っ」
今度は敵の動きを誘導するように、囮の氷像を作る。魔獣がそれに反応した隙を突き、澪は低姿勢で突進。氷の刃に魔力を込めて一閃――今度は甲殻を貫いた。
魔獣が悲鳴を上げてのたうつ。澪はさらに追撃を加え、ついに動きを止めた。
肩で息をしながら、澪はその場に膝をつく。全身が痛む。だが、それよりも心を削るのは、この場所に『一人』で取り残されたという現実だった。
水筒は空になり、携帯食も尽きた。飢えが意識を鈍らせる。足元はふらつき、手は震えている。
(……眠ったら、終わり)
刀を抱きしめながら、過去の記憶が脳裏に過ぎる。
(……おばあちゃん……)
「……死ねない。まだ、何も果たしていない……」
気力を振り絞り、再び立ち上がる。薄闇の中で、わずかに光るものを見つけた。魔力が集まっている。慎重に進むと、そこには魔方陣が刻まれた円形の床。その中心には、小さな台座に青白い魔石。
手を触れると、冷たい魔力が体を貫き、意識が跳ね上がる。
『スキル獲得:氷縛結界(アイス・バインド)』
「……これが、力……」
その直後、空間が歪むような音。澪が振り返ると、そこには黒く歪んだ門のような裂け目――そこから現れたのは、これまでとは次元の違う存在。
『守門の監視者』――ダンジョンの最深部を守護する異形の番人。
全身を黒鋼の殻で覆い、四本の腕を持ち、巨大な剣と盾を構えている。六つの目が個別に動き、澪を追尾する。
「っ……でかい……っ」
次の瞬間、空間が破裂するような音。剣の一振りで空気が裂け、澪の目前の地面が抉れた。風圧だけで身体が吹き飛びそうになる。
澪は氷の足場を形成し、跳躍して距離を取る。
(動きが……重いのに、速い!?)
氷縛結界で拘束を試みるが、相手はその場に魔力障壁を展開。氷鎖が砕ける。
(結界を……見切られてる!?)
その瞬間、盾が飛来。回避が遅れ、直撃。肋骨が悲鳴を上げ、澪は地面を転がった。
「――あ……が……っ」
意識が遠のく。視界が歪み、音が遠ざかる。
(……だめ……ここで……)
地に倒れ、血の中で意識を保つのが精一杯だった。魔力は枯渇し、立ち上がるどころか呼吸さえままならない。
『守門の監視者』はなおも迫る。とどめを刺すべく、黒鋼の剣を高く振りかざす――
その瞬間、澪の瞳にかすかな光が宿った。
「まだ……死ねない……」
だが、願いも空しく、刃は振り下ろされた――。
視界が、闇に飲み込まれていく。
――だが、その闇の中で、澪は『声』を聞いた。
『――おまえは、まだ終わらぬ』
漆黒の闇の中に、氷の花が咲いた。
無音の空間で、澪は自分の深層意識に触れる。幼い頃、両親と過ごした日々。葵との訓練。祖母の手料理。失われたすべてが泡のように浮かび上がる。
『力がほしいか』
(……ほしい。みんなを、守るために)
『ならば、代償を払え。――おまえの“自我”を』
氷の花が澪の心を包み込む。魂の核にひびが入り、新たなスキルが刻まれる。
『スキル獲得:氷神顕現(グレイシャル・デヴァイン)』
目覚めた時、澪はまだ地面に倒れていた。しかし、監視者の姿はなかった。
「……どこへ?」
不思議と身体は軽く、魔力が溢れている。立ち上がって奥へ進むと、大きな扉の先に、圧倒的な気配を放つ存在――このフロアのボスが待ち受けていた。
澪は刀を構え、解き放った。
「――氷神顕現」
空気が凍り、世界が白く染まる。だが、その力はあまりに強大だった。
(あれ……私……)
意識が、薄れていく。
(誰……私は……)
圧倒的な魔力の奔流に、澪の自我は呑まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます