第10話「氷華と烙印」
敵――黒衣の男の正体は「歪種(いびつしゅ)」と呼ばれる存在だった。人間でありながらダンジョンの魔石を取り込み、自我を保ったまま異形化した者。
澪と筒木は即座に構える。だが歪種は戦闘を仕掛けるでもなく、淡々と語り出した。
「魔石を喰らい、進化する。それが本来の人の在り方だ。君たちはまだ“実験体”の域に過ぎない」
澪の表情が強張る。魔石吸収――それは人間に禁忌とされる技術。葵からも厳しく禁じられてきた行為だった。
「それを……実行しているのね、裏で」
澪の呟きに、歪種は静かに頷く。
「いずれ君も選ぶことになる。抗うか、進化か。君は“それ”を持っているから」
澪の胸元が一瞬だけ淡く光った。気づかぬうちに魔石の欠片が反応していた。
筒木が前に出て、歪種に警告する。
「次の一言が挑発なら、即座に仕留めるぞ」
歪種は笑みを浮かべ、闇へと溶けた。
「また会おう、氷華」
その瞬間、澪の背筋が凍る。自分の存在が、既に“何か”の観測下にあることを悟ったからだ。
筒木が澪の肩を軽く叩いた。
「気張るな、氷華。まだ先は長い」
澪は無言で頷き、ふたたび刀を手に取る。
戦いは終わらない。だが確かに、彼女の足取りは前より強くなっていた。
深部の戦闘を終え、澪と筒木は慎重にダンジョンの上層へと戻っていた。
「……君の戦い方、素人じゃないな。部隊所属は日が浅いって聞いてたが」
澪は黙ったまま歩き続けた。だが数秒後、ぽつりと口を開く。
「力は……まだ不安定。けど、守りたい人がいるから、前に進むだけ」
筒木は感心したように口元を緩めた。
「そういうの、嫌いじゃない」
二人の間に奇妙な静けさが生まれる。だがそれは不快なものではなく、互いの信頼の兆しだった。
◆
ようやく出口の光が見えたとき、迎えの部隊が現れる。先頭には――
「遅かったわね。……氷華」
千堂葵が立っていた。
その姿を見た瞬間、澪の硬さがわずかにほどけた。葵は視線で澪の全身を隅々まで確認し、戦闘痕を見て、ほっと息を吐いた。
「報告を。概要だけでいいわ」
澪は簡潔に状況を語った。歪種の存在、騎士型モンスターの異常耐久、そして魔力の共鳴。
葵は数度頷き、澪の肩に手を置く。
「よくやった。……でも、これからもっと深い“闇”を見ることになる。その覚悟、ある?」
澪は即座に答える。
「……あります。氷華として、最後まで戦います」
その瞬間、澪の中で“少女”だった一面が、音もなく脱ぎ捨てられた気がした。
作戦室では、すでに上層部が動き始めていた。歪種――人為的に生み出された存在。そして澪の魔力共鳴という特異な現象。
彼女の存在が、部隊内でも特異点として扱われ始めていた。
だが、澪は気にしなかった。ただ前を見ていた。
(私は……“氷華”だから)
窓の外、沈みかけた夕日が、彼女の銀色の瞳に映っていた。
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