モイライの穢れ

境 界

黒い糸

 三姉妹の女神は、空から手渡される数多の糸を受け取り、一本ずつ管理し、そして意味を失った糸を燃やし、灰にして空に投げ、祈る。これを繰り返す運命に従っていた。


女神の長女であるクロは、糸を受け取り、聖水の川で汚れを落とす。

次女であるシスは、清められたその糸を受け取っては型にはめ、色を塗り、定められた場所に飾る。

三女であるポスは、飾られた糸に大きな異変や傷を見つければ、それを型から取り外し、神聖な炎で焼べる。


 そして今、灰となった糸を空に投げ、姉妹は祈っていた。


「今回の糸は、やけに早く燃えていたようね」


長女のクロが祈りを終えると、ポスに聞いた。


「少し火を強くしすぎちゃったかもです……でもでも、お仕事は早く済みましたよ?」


ポスの謝罪を、クロは真顔を向けて待った。


「………ご…ごめんなさいクロお姉さま。早く3人でお茶がしたかったのです……」


クロのお説教が終わると、見計らっていたシスが、ため息と共に言った。


「いいよなぁ2人は、定めが単純で。私はミスをすれば、物によっては大変なことになるのにさぁあ」


クロは目線だけを、ポスからシスに向けた。


「あなたもお説教を受けたいのかしら?」


シスはそっぽを向いて、下手な口笛を吹いた。


「私たちの定めは絶対であり、不変でなければいけない。これを破ることは、同時に私たち姉妹の破滅へ繋がる。今この瞬間まで何も無くても、何が起こるのか分からないのだから、きっちりとこなしなさいね」


ポスは震えた声で、シスは渋々とそれぞれ返事をした。


 クロが、先ほどのシスよりも更に大きくため息をついた。


「しかしまあ、今回は少し、授かった糸が多かったのもあって、私も疲れちゃったわ。きりも良さそうだし、お茶にしましょうか」


それを聞いてポスはパァッと笑顔を作り、シスは呆れて、ポリポリと頭を掻いた。


 三姉妹はとても仲が良い。騒がしい喧嘩などしたこともなく、定めに異常を起こしたこともない。例え異変があろうと、3人で協力して解決させてきた。


しかし、どうやら今回は異様なようだ。


 至福のお茶を堪能した姉妹達は、また定めに戻るため、片付けを始めた。

途中ポスがふと、不気味で禍々しい、黒い糸のような物が、足下に落ちていることに気づいた。


「ねえシス姉さま。これって糸だと思いますか?」


近くにいたシスに見てもらう。


「何じゃこりゃ……だとしたらやけに汚ねぇなこの糸。おーいクロ姉!こんなとこに落とし糸あんぞぉ!」


クロがスタスタとやってきて、その糸らしき何かを拾い上げた。


「あら、私も2人に物を言えないわね。でもこんな糸、授けてもらってたかしら……」


クロは二人に、片付けを終えたら定めに戻るよう指示を出して、自身はそれを持って、聖水の川へ向かった。


 黒い何かを聖水に浸けると、それはもう汚いドロドロとしたヘドロと油、黒い塗料が浮いた。


「これは……念入りにしておかないとね」


クロは独り言を呟き、一心不乱にごしごしと擦り続けた。しかし、いくら擦れど色が落ちず、汚れは無限に出続ける。しだいにクロは面倒くさく感じ始めた。


「ハッ!ダメダメ!いけないわ。大切な定めを、面倒だと感じてしまうなんて。でもこれは……」


今のクロにはどうすることもできなかった。


少し悩んだ末、クロはこう考えた。


「そうだわ。今までこんなことはなかったけれど、きっとこの糸は、こういう糸なのね。ならば、一旦このままシスに渡しましょう」


そう思い立ち、クロはそれを持って、シスの元へ向かった。


「はあ!? この状態から色を塗れと!?」


 シスが、渡されようとしている黒い物体を見て、荒々しく驚く。


「これでもしっかりと洗った筈なのよ。でもいくら擦ろうが、流そうが、まったく汚れが落ちる気配がないのよ。だからこれは、そういう糸なのだと考える他なくて……」


シスは摘まんでそれを受け取り、歪んだ表情でそれを眺める。


「そもそもこれ……本当に糸なのか……?」


少し間をおいてクロは答える。


「私も流石に考えたわ。でも、この地に授かる物は、糸以外何もないわよ」


「授かる…ねぇ」


考えても仕方なく、無言で了承したシスは、色を塗る準備に取りかかる。


 筆を持ち、いざ改めてその黒い何かを見て、塗る色を考えたシス。


「………………いやいやどうしろと。黒色に何色重ねたところで、鮮やかでいい色にはならねぇ……」


結局のところ、シスの結論は決まっている。


「……ダメだな。やっぱ無理にでも、汚れは落として貰わねぇと。一旦返すか」


 シスはそれを持って、クロの元へ向かおうとする。が、ふと思った。


「いや待てよ……クロ姉も言ってたが、もしこれがそういう糸なら、これはもう色が塗られた状態の糸ってことにならないか?

であれば、こいつはこのまま飾るべきなんじゃないか?」


  ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 シスに無理やり手渡された、黒く汚れた細い物体を覗いたあと、ポスはとても困った表情で、シスを上目遣いで眺めながら言った。


「それで……どうして私のところへ……?」


ポスの動揺した質問に、シスは言いにくそうに答える。


「えっとなぁ……これを糸だとして考えたらな、この状態こそがこの糸の完成体、と説明する以外なくてだな、こいつを飾っていいものか、念の為お前にも聞いとこうかと……」


ポスは再度、手元の物体を覗いた。


「私が判断しても良いのでしたら……むしろこの状態の糸は、異変が起きてしまって、焼べなければいけないと思います……」


「ならよぉ、もう焼いてくんねぇか? これ」


シスが、もう考えるのもうんざり、と言わんばかりにすぐ答えた。


しかし、とても申し訳なさそうに、恐る恐るポスは言う。


「……そうしたいのですけれど、恐らくこの糸は焼べるどころか、炎をうけつけるかどうかも怪しいんです……」


なんで?と不満の表情で歪むシスに、また一段と小さな声で理由を話すポス。


「ぇ……えっと…………焼べる糸は必ず色が落ちいて、かつ乾いていないと、火が通らないんです…でもこの糸を見る限りは、色落ちも、乾きも、何も無いので、恐らく……」


「じゃあぁどおすんだよぉこいつうぅ……」


シスはため息と一緒に言葉を吐き捨てた。

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